HISTORICAL PERSON · 2021年没

エドワード・アズナー

アメリカの俳優・声優。『メアリー・タイラー・ムーア・ショー』のルー・グラント役で人気を得て、エミー賞とゴールデングローブ賞を受けた。アニメ『カールじいさんの空飛ぶ家』では主人公の声を担当した。

生涯
2021年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ターザナ)
出生地
アメリカ合衆国(カンザス・シティ)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

エドワード・アズナーは、1929年11月15日にアメリカ合衆国ミズーリ州カンザスシティで生まれた俳優・声優である。育ったのはカンザス州のカンザスシティで、両親はリトアニアとウクライナから来たアシュケナジムのユダヤ系移民だった。母は主婦、父は中古品店と廃品置き場を営み、正統派ユダヤ教の家庭で育てられ、ヘブライ語の名はイツハクという。上に4人の兄姉がいた。ワイアンドット高校を出てシカゴ大学に進み、最初は新聞学を学んだが、教授から収入が少ないと助言されたという。製鉄所で働いていたが、やがて演劇に転じ、大学の公演『大聖堂の殺人』の殉教者トマス・ベケット役で初舞台を踏んだ。のちに大学を中退し、タクシー運転手や自動車工場の組立工など様々な仕事をしたのち、1951年に徴兵された。

1951年から1953年まで朝鮮戦争の時期に陸軍通信隊で服務し、ヨーロッパの基地を巡る芝居にも出演した。除隊後はシカゴの劇団の設立に加わり、その後ニューヨークへ移った。オフ・ブロードウェイで『三文オペラ』の再演などに出て、1960年にはジャック・レモンと共演した『英雄の顔』でブロードウェイに初めて出演した。テレビには1957年に初めて出演し、1962年にはエルヴィス・プレスリー主演の『キッド・ギャラハッド』で映画デビューを果たした。『アウター・リミッツ』『逃亡者』など多くのテレビ番組にゲスト出演を重ねた。

出世作となったのは、1970年に始まったテレビ番組『ザ・メアリー・タイラー・ムーア・ショー』のルー・グラント役である。番組が終わった1977年にはこの役を主人公にした一時間ドラマ『ルー・グラント』が始まり、1982年まで続いた。コメディとドラマの両方で同じ役によってエミー賞を受けた数少ない俳優の一人となった。エミー賞は通算7度、ゴールデングローブ賞は5度受賞し、男性俳優としてエミー賞の最多受賞者だとされる。ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームにも名が刻まれている。前者は30分のコメディでテレビ報道を、後者は1時間のドラマで新聞報道を扱った。ルー・グラントはほかに『ローダ』と『ロザンヌ』にも登場している。

政治的には強いリベラル派として知られ、アメリカ民主社会主義者の党員でもあった。1981年から1985年まで映画俳優組合の会長を務めた。ロナルド・レーガン大統領のエルサルバドル政策を正面から批判し、この影響で主演ドラマが打ち切られたともいわれる。街頭デモで逮捕されたこともたびたびあった。野生動物の保護団体や、ローゼンバーグ子供基金などの活動にも参加した。

映画では『エル・ドラド』『JFK』などに出演し、サンタクロース役を何度か演じたこともある。1994年からはテレビのコメディ『サンダー・アレー』にも主演した。

声優としても幅広く活動し、『スパイダーマン』のJ・ジョナ・ジェイムソン、『ガーゴイルズ』のハドソン、『ブーンドックス』などを演じた。晩年には、ピクサーのアニメーション『カールじいさんの空飛ぶ家』で主人公カール・フレドリクセンの声を担当した。私生活では1959年にナンシー・サイクスと結婚して3人の子をもうけたが、1988年に離婚した。その後、1991年に別の女性と婚約している。1998年に再婚したものの、2007年に再び離婚している。3人の子のうち1人は自閉症だった。2021年8月29日に亡くなった。

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