伝記
ベティ・マリオン・ホワイトは、1922年1月17日にイリノイ州オークパークで生まれたアメリカ合衆国の女優である。母は主婦、父は第一次世界大戦の退役軍人で、旅回りのセールスマンと電気技師を兼ねていた。母はギリシャ人、イングランド人、ウェールズ人の血を、父はデンマーク人とイングランド人の血をひき、両親とも母はカナダ人であるという。大恐慌の際に一家はロサンゼルスへ移り、ベティはホーレス・マン高校からビバリーヒルズ高校へ転校した。そして卒業の3か月後には、俳優の道へ進んだ。
1952年にテレビ番組制作会社を設立し、「ライフ・ウィズ・エリザベス」でエミー賞コメディー部門主演女優賞を受けた。この番組はプロデューサーとしても初めて手がけたものであった。自分の名を冠した番組の主演と制作を兼ねた女性の先例には、ガートルード・バーグがいる。この受賞と、女性初のシットコム制作者であったことから、1955年にハリウッド名誉市長に選ばれた。
テレビのクイズ番組にもレギュラー出演を重ね、1950年代から60年代には「クイズの女王」と呼ばれた。出演した番組には、「パスワード」「ホワッツ・マイ・ライン」「トゥ・テル・ザ・トゥルース」「マッチ・ゲーム」「25,000ドル・ピラミッド」などがある。1983年には「ジャスト・メン」でデイタイム・エミー賞のゲーム番組司会者賞に選ばれ、これは女性司会者として初の受賞であった。1970年代には「メアリー・タイラー・ムーア・ショー」に出演し、1975年と1976年に助演女優賞を得た。
1949年から1950年にはテレビ番組「ハリウッド・オン・テレビジョン」に出た。その後も「ジャック・パー・ショー」(1959年から1962年)や「パスワード」(1961年から1975年)、「マッチ・ゲーム」(1973年から1982年)など、長い年月にわたって多くの番組に顔を出した。「ゴールデン・パレス」(1992年から1993年)、「ボストン・リーガル」(2005年から2006年、2008年)、「アグリー・ベティ」、「サーティー・ロック」などに出演を続けた。2012年の映画「ザ・ロラックス」にも名を連ねている。
1985年から1992年にかけて放送された「ゴールデン・ガールズ」ではローズ・ナイランドを演じ、この作品で1986年にコメディー部門の主演女優賞を受けた。1996年には「ジョン・ラロケット・ショー」でゲスト女優賞を受け、2010年には「サタデー・ナイト・ライブ」の第679回の司会を務めて、同じくゲスト女優賞に選ばれた。映画では「ストーリー・オブ・ラブ」「子象物語」「あなたは私の婿になる」などに出演し、「ザ・シンプソンズ」にも声で登場した。1990年には生涯の功績をたたえる功労賞を受けた。2009年には全米映画俳優組合賞の生涯功労賞を受け、2011年には自著が第54回グラミー賞の最優秀スポークン・ワード・アルバム賞に選ばれた。1995年にはテレビの殿堂入りを果たし、同じ年にハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに星を授けられた。その位置は夫アレン・ルーデンの星のそば、ハリウッド大通り6747番である。
存命中は、テレビでのキャリアが最も長い女性エンターテイナーとして、ギネス世界記録の保持者であった。2021年12月31日、自宅で死去した。100歳の誕生日まで、あと17日であった。
同じ年に亡くなった人物
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- ヤフェット・コットー (2021年没)
- リチャード・ドナー (2021年没)
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