HISTORICAL PERSON · 2022年没

ジェームズ・ラブロック

イギリスの科学者・作家。地球を一種の超個体とみなすガイア理論の提唱者として有名で、機器の一部はアメリカ航空宇宙局の惑星探査計画に採用された。

生涯
2022年没
死亡地
イギリス連邦(ドーセット / Abbotsbury)
出生地
イギリス連邦(レッチワース)
出典
世界地図
イギリス連邦(ドーセット)

伝記

ジェームズ・ラブロックは、1919年7月26日に生まれ、2022年7月26日に没したイギリスの独立した科学者・未来学者・作家であり、環境主義者である。地球を一種の超個体、自己調整するシステムとして見るガイア理論の提唱者として有名である。大英帝国勲章を受け、晩年はグレートブリテン島南西部のコーンウォールに暮らした。

ラブロックはレッチワース・ガーデン・シティで、トム・アーサー・ラブロックとその二番目の妻ネリーの子として生まれた。母は社会主義者で婦人参政権の支持者でもあり、種痘を受けさせなかったという。父は若いころ密猟で半年の重労働刑を受け、技術学校に通うまで読み書きができなかったが、のちに書店を営んだ。家はクエーカーの信仰をもち、一家はロンドンに移ったが、権威を好まない性格のため、本人の言によれば学校では不幸な生徒だった。すぐには大学に進めなかったが、それが専門に偏りすぎるのを防ぎ、ガイア理論の発展を助けたと考えていた。学校を出ると写真会社で働きながらバークベック・カレッジの夜間に通い、やがてマンチェスター大学で化学を学んだ。教授の推薦で医学研究評議会の職を得て、兵士を火傷から守る研究に携わり、実験用のウサギを使うことを拒んで自分の皮膚に熱放射を当てたと語っている。第二次世界大戦中は良心的兵役拒否者として登録したが、のちにナチスの残虐行為を知って志願を試みた。しかし医学研究が貴重だとして認められなかった。

1948年、ロンドン衛生熱帯医学大学院で医学の博士号を取得した。その後ロンドンの国立医学研究所で20年ほど働き、アメリカではイェール大学、ベイラー大学、ハーバード大学で研究した。1950年代半ばにはげっ歯類の凍結保存を試み、ハムスターを凍らせて蘇生させることに成功している。生涯を通じて発明家であり、さまざまな科学機器を開発して、その一部はアメリカ航空宇宙局の惑星探査計画に採用された。1961年初めには同局に採用され、地球以外の大気と惑星表面を分析する精密機器の開発に従事した。

この仕事の中で、ラブロックは火星の大気の組成に関心をもった。生命がいればその大気を利用し、組成に影響を与えるはずだと考えたからである。ところが実際の火星の大気は化学平衡に近い安定した状態で、酸素やメタン、水素が非常に少なく、二酸化炭素が多すぎた。化学的に変動する地球の生物圏の大気との対照は、火星に生命がいないことを強く示唆していた。ガイア仮説は同局で働いていたころに生まれたものである。また電子捕獲型検出器を発明し、これによってフロンの残留性と、それが成層圏のオゾン層破壊に果たす役割が明らかになった。

1974年に王立協会フェローに選ばれ、海洋生物学会の会長も務めた。1990年にはオランダ王立芸術科学アカデミーから環境部門の第1回ハイネケン賞を授与され、2003年にはエリザベス2世からコンパニオン・オブ・オナーに叙せられた。ガイア理論は環境主義者には広く受け入れられたが、科学界全体には完全には受け入れられず、リチャード・ドーキンスらが批判者として知られる。自然選択は個体に関するものであり、惑星規模の恒常性に適用できるか不明だというのが批判の要点で、ラブロックはデイジーワールドというモデルで応えた。

晩年は地球温暖化を深く憂え、2004年に「原子力だけが地球温暖化を止められる」と宣言して、仲間の環境保護活動家と袂を分かった。2006年1月には、21世紀末に何十億もの人々が死ぬだろうとの談話が新聞に載った。2022年7月26日に没した。

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