HISTORICAL PERSON · 2022年没

アンジェラ・ランズベリー

イギリス出身の女優。『ガス燈』でアカデミー助演女優賞にノミネートされ、舞台ではトニー賞のミュージカル主演女優賞を複数回受賞した。

生涯
2022年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ロサンゼルス)
出生地
イギリス連邦(セントパンクラス (ロンドン))
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

デイム・アンジェラ・ブリギッド・ランズベリーは、1925年10月16日にロンドンで生まれ、2022年10月11日にロサンゼルスで没したイギリス出身の女優である。映画、舞台、テレビのすべてで活躍し、80年に及ぶ経歴の中で国際的に注目された。劇場の歴史では20世紀屈指の演技者の一人とも評される。

生家は中流の上層にあたる家柄で、1925年10月16日にロンドン中心部のセント・パンクラス地区で生まれた。出生地がポプラーと誤って伝えられることもあるが、本人はポプラーに先祖とのつながりがあると語っている。祖父は労働党の党首で反戦活動家でもあったジョージ・ランズベリー、父は政治家のエドガー・ランズベリーで、母は貴族の血を引く女優のモイナ・マクギルだった。1930年1月には母が双子の弟ブルースとエドガーを産んだ。9歳のとき、父が胃がんで亡くなった。母は、ウェスト・エンドの舞台にたびたび立った女優で、娘をオールド・ヴィック劇場の芝居に連れて行った。ランズベリーは1934年から1939年までサウス・ハムステッド高校で学んだが、本や演劇、映画から学んだ独学が大きいと考え、自らを「大の映画狂」と称した。好きな映画スターはディアナ・ダービンとアイリーン・ダンだった。母に勧められて演技を志し、1940年にウェバー・ダグラス演劇学校で演技を学び始めた。

同じ年に祖父が亡くなり、ロンドン大空襲が始まると、母は子どもたちを連れてアメリカ合衆国に渡った。母は英国の疎開児童60人を世話する仕事を得て船で北米へ向かい、8月半ばにカナダのモントリオールに着いたのち、ニューヨークに移った。ランズベリーはアメリカ演劇協会の奨学金を得て演劇とラジオの学校に学び、1942年3月に卒業した。1951年にはアメリカ市民となった。当初は歌手として出発し、ロサンゼルスの店で店員として働いていたこともあるが、母が開いた英国人俳優たちの集まりで知り合った人物を通じて好機をつかんだ。1944年の映画『ガス燈』で映画俳優に転じ、イングリッド・バーグマン、シャルル・ボワイエと共演して、アカデミー助演女優賞にノミネートされた。翌1945年の『ドリアン・グレイの肖像』でも同賞にノミネートされ、ゴールデングローブ賞の助演女優賞を受賞した。同じ年には『緑園の天使』にも出演し、ミッキー・ルーニーやエリザベス・テイラーと共演している。

1960年代には活動の中心を舞台に移した。ミュージカルの『メイム』『ディア・ワールド』『ジプシー』『スウィーニー・トッド』で、それぞれトニー賞のミュージカル主演女優賞を受賞し、演劇では『陽気な幽霊』で助演女優賞を受けた。1970年代終盤から映像の世界での活動を再開し、1984年に始まったテレビドラマ『ジェシカおばさんの事件簿』では、主人公のミステリー作家ジェシカ・フレッチャーを演じた。身長172センチは同世代の女優の中ではかなりの長身であった。

晩年にも栄誉が続いた。1994年にエリザベス女王の誕生記念叙勲で大英帝国勲章のコマンダーに選ばれ、2013年の第86回アカデミー賞では名誉賞を受賞した。2014年にはウィンザー城で同勲章のデイム・コマンダーを授与され、2015年には舞台『陽気な幽霊』でローレンス・オリヴィエ賞の助演女優賞(演劇部門)を受けた。元夫は俳優のリチャード・クロムウェルで、息子のデヴィッド・ショウとアンソニー・ショウも俳優である。2022年10月11日、ロサンゼルスの自宅で亡くなった。

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