HISTORICAL PERSON · 紀元前 474年没

ミレトスのヘカタイオス

古代ギリシアの著作家・歴史家・神話学者。イオニアの反乱に反対し、敗北後はペルシアの太守に使節として赴き、イオニア諸都市の国体の復活を説得した。

生涯
紀元前 474年没
死亡地
—
出生地
—
出典
世界地図
位置情報未登録

伝記

ミレトスのヘカタイオスは、古代ギリシアの著作家、歴史家、神話学者である。紀元前550年頃から紀元前476年頃の人とされ、イオニアの都市ミレトスの富裕な家に生まれた。名前はギリシア神話の女神ヘカテーにちなんでつけられた。全盛期はペルシア戦争の頃にあたる。広範囲にわたって旅をした後、生まれ故郷のミレトスに定住し、高い地位に就きながら、神話学や歴史の本の執筆に専念した。

政治の場にも関わっている。アリスタゴラスがミレトスの僭主として、ペルシアに対するイオニアの反乱を計画したとき、ヘカタイオスは説得してやめさせようとしたが、成功しなかった。紀元前494年、敗北したイオニア諸都市がいろいろな条件を要求されたときには、大使の一人としてペルシアのサトラップ、アルタフェルネスのもとへ赴き、イオニア諸都市の国体の復活を説得したと伝えられる。

著作として、2巻からなる『地球を回る旅(世界概観)』が彼の作とされる。どちらの巻もペリプルスの形式、つまり沿岸を順に眺めていく形で書かれている。1巻はヨーロッパを扱い、基本的には地中海の周航記で、スキタイの北まで各地域を順番に記述する。もう1巻はアジアについてで、1世紀の周航記『エリュトゥラー海案内記』に似た構成をもつ。既知の世界の国々とそこに住む人々が記され、エジプトについてはとくに広範囲に及ぶ。解説にはアナクシマンドロスの世界地図を修正・拡大した地図が添えられていた。この本は374の断片が現存し、地理用語集『エトニカ』にも多数引用されている。もう一つの作品『系譜』は、ギリシア神話や伝説を合理的に体系化したもので、叙事詩的な神話作りの伝統を捨てた点に特徴がある。こちらは二、三の断片にしか残っていないが、その重要性を考えるには十分とされる。

ヘカタイオスの著作、とくに『系譜』には顕著な懐疑主義が表れている。『系譜』は「ミレトスのヘカタイオスはかく語りき。私は真実と思うことを書く。ギリシア人の話は多種多様で、私にはばかげたものに思われる」という言葉で始まる。ただし、同時代のクセノパネスと違って、神話そのものを批判したわけではない。疑問は、旅先で知った神話の多くの矛盾から生じたものだった。ホメーロスなど詩人たちの信頼性は認めながらも、神話と歴史的事実とを区別し、散文で歴史を書こうとした最初のロゴグラポスであったと思われる。ギリシアで最初の歴史家ともいわれ、ケルト人に言及した最初期の著作家の一人でもある。

ヘロドトスは、エジプトのテーベの神殿を訪ねたとき、祭司たちから歴代の祭司長の木像を見せられた。そこでヘカタイオスが、自分の系譜をたどると16代目で神に行き着くと語ったことを思い出して祭司たちに話したところ、彼らはそんなことはありえないと否定し、自分たちは神から数えて345世代目だと答えたという。この逸話は、ギリシア人の神話化された歴史が、ミケーネ誕生前からあった文明の歴史をはるかに短く縮めていることを示すものである。散文で歴史を書いたヘロドトスは、ヘカタイオスから散文の歴史という考えを受け継いだが、内容については時に論じ合った。同じ名の人物にアブデラのヘカタイオスがいるが、これは二世紀ほど後に生きた別の歴史家で、混同してはならない。ヘロドトスが名前を挙げて引用した唯一の典拠でもあった。月のクレーターのひとつには、彼の名がつけられている。

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