伝記
レウキッポスは、古代ギリシアの自然哲学者で、デモクリトスとともに原子論を創始したとされる人物である。生没年は分かっておらず、紀元前5世紀の前半に生まれ、紀元前440年から430年ごろに活動したと考えられている。彼の生涯はほとんど明らかでなく、その事績を伝える記録は、後の時代の哲学者であるアリストテレスやテオフラストスのものに限られるといわれる。
出身地や活動の場についても定説はない。ミレトスに生まれたとする説があり、エレアやアブデラを挙げる説もある。ただしこれらの都市は、いずれも他の哲学者との結びつきから故郷とされた可能性が高い。ミレトスは彼に影響を与えたイオニア学派、エレアは彼が論争を挑んだエレア学派、アブデラは弟子デモクリトスの故郷だからである。20世紀の古典学者ヴァルター・クランツやジョン・バーネットは、ミレトスで生まれ、エレアでゼノンに学び、アブデラに落ち着いたと考えた。紀元前450年頃にエレアへ赴いてパルメニデスに学び、ゼノンの講義を聴いたらしいという伝えもある。師についても古代の記録は一致せず、サモスのメリッソスやパルメニデス、ピュタゴラスの名が挙がることもある。確認された弟子はデモクリトスだけである。
レウキッポスの著作はデモクリトスのものと混じり合っているため、エピクロスは彼の実在を否定したと伝えられる。一方、アエティオスは原文を引いて彼の学説を紹介している。現代の研究者の多くは実在を認めるが、疑う者もおり、その説をデモクリトス一人に帰す立場もある。今日の哲学者も両者の思想をほとんど区別しない。著作としては『大宇宙体系』と『知性について』の二つが挙げられるが、いずれも失われ、『知性について』から取られた一文だけが残る。「何ものも偶然には起こらず、すべては理由があり必然によって起こる」という文である。『大宇宙体系』はデモクリトスの『小宇宙体系』と紛らわしいため改称された可能性があり、デモクリトスの作とされることもある。
学説の骨子は次のようにまとめられる。事物の総体は限りがなく、互いに他へ変化する。すべては空なるもの(ケノン)と充実したもの(プレーレス、すなわちアトム)から成り立つ。アトムが空なるものに落ち込み、他のアトムと絡まり合うことで世界が生じ、世界はまた分解してもとの二つに戻る。アトムは一箇所に集まると渦を生じ、その渦の中で形の似たもの同士が結びつき、物体を作る。アトムは無限の形と大きさをもち、形と大きさは変わらず、絶えず動いて互いの配置を変える。無限の種類があるのは、ないという理由がないからだと考えたという。空虚も無限であるため、ほかにも世界があるはずだと彼は考えた。彼の原子論は、空虚は存在しないと考えたエレア学派への直接の応答であった。
原子と空虚を自然の根源に据えたのは、彼が初めてであるという。アリストテレスによれば、あらゆるものの中に分割できない点がなければならないと論じた。ヘーゲルは、物体の一般的性質と感覚的性質を区別したことを、レウキッポスの大きな功績とみた。アトムの衝突がすべてを決める決定論的な世界を、彼は描いたという。彼は宇宙を支配する知的な力を認めなかったとされる。原子論の基礎は彼が築き、デモクリトスがそれを発展させて自然現象に当てはめたと理解されている。ただし、その考えは現代の原子論とは表面的に似ているにすぎないともいわれる。
同じ年に亡くなった人物
- Critius (紀元前500)
- Hermippus (紀元前500)
- ガイウス・セルウイルス・アハラ (紀元前500)
- アルタプレネス (紀元前500)
- 西施 (紀元前 500年(推定))
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