伝記
エリザベス・ギャスケルは、1810年9月29日、ユニテリアン派の元牧師の末娘エリザベス・スティーブンソンとして、ロンドンのチェルシーで生まれたイギリスの小説家である。1歳で母を亡くし、マンチェスター南郊の田舎町ナッツフォードに住む母方の伯母に引き取られた。父の再婚で継母や異母弟妹との気まずい関係が生じ、ただ一人の兄や父を相次いで亡くす不幸にも苦しんだが、概して平穏な少女期だったという。21歳のとき、父と同じ宗派の牧師ウィリアム・ギャスケルと結婚してマンチェスターに移り、よき妻、よき母として家庭を支えた。夫の生徒は夫人の印象を、「いつもにこやかで穏やかでいらっしゃるから、回りにいる者はみな性格の一番よい面が出てしまう」と語っている。
作家としての出発には、悲しみが大きく関わっている。34歳のときに授かった長男を9か月で病死させたが、そのことがなければ作家エリザベス・ギャスケルは誕生しなかっただろうといわれる。悲しみを克服するために書いた『メアリ・バートン』は、1848年の出版から4か月で三刷されるほどの好評を博した。1834年から1840年のマンチェスターを舞台に、工場主の息子を殺害するに至った労働者ジョン・バートンの苦悩と、その娘メアリの恋を軸に、労働者階級の日常を克明に描いた作品である。彼女は一躍文壇に認められ、英文学史に名を残す作家たちと交わることになった。チャールズ・ディケンズは「あなたの創作力は、少なくとも千一夜は続くに違いない」と書いて彼女をシェヘラザードにたとえた。シャーロット・ブロンテとは互いの人格と文学を尊敬しあい、自宅を訪ねあった。ジョージ・エリオットも、自分の人生観や芸術観は『メアリ・バートン』の作者のそれと似た部分があると告白している。
その後の17年間に、長篇『ルース』『北と南』『シルヴィアの恋人たち』をはじめ、『クランフォード』『従妹フィリス』などを含む約40の中・短篇小説を著した。『クランフォード』は、故郷ナッツフォードをモデルにした架空の町を舞台に、田舎町の人びとの日常を淡々と描く。『ルース』は、恋人に捨てられた16歳の娘ルースが身ごもったまま保護される物語で、犯した罪は同じなのに社会が男には寛容で女には冷酷であることを告発した。『北と南』は、牧師を辞めた父とともに北部の工業都市ミルトンへ移ったマーガレットが、青年工場主ジョン・ソーントンや労働者ヒギンズと知り合い、労資対立の仲介役を務める話で、社会問題と恋愛が並行して進む。1857年には、父ブロンテ師の依頼を受けて、シャーロット・ブロンテの足跡を精力的にたどり、1年8か月で伝記『シャーロット・ブロンテの生涯』を書き上げた。今日、ブロンテ姉妹がよく知られているのは、この伝記に負うところが大きい。
聡明で善良な性格だったギャスケルは、ディケンズのような強烈な個性には欠けたが、善意をもって社会問題を捉え、ペーソスとユーモアに満ちた文体で、とくに中流階級の読者を教化することができた。ジョルジュ・サンドは「ギャスケル夫人の作品を読めば、それだけいい人間になることができる」と言ったという。長篇『妻たちと娘たち』の完成を目前に控えた1865年秋、所有するハンプシャーの別荘で心臓発作により急逝し、55年の生涯を閉じた。
同じ年に亡くなった人物
- ジュディッタ・パスタ (1865年没)
- Sergey Volkonsky (1865年没)
- ソフィア・ヴィルヘルミナ・アヴ・スヴェーリエ (1865年没)
- マリー=アンヌ・リベール (1865年没)
- Carlo Vittadini (1865年没)
同じ地域に関係する人物
- シャーロット・ヤング (1901年没)
- トーマス・ベアリング (初代ノースブルック伯爵) (1904年没)
- Thomas Bell (1880年没)
- ジョージ・バンド (2011年没)
- アーサー・アダムズ (1878年没)