伝記
ジェシー・ウッドソン・ジェイムズは、1847年9月5日に生まれ、1882年4月3日に没したアメリカ西部開拓時代のガンマン、アウトローである。
ミズーリ州にバプテスト派牧師の子として生まれ、4歳年上の兄フランクがいた。実家は奴隷を労働力に使うタバコ農園を経営しており、南北戦争が始まると、兄が南軍に参加した。1864年、16歳のジェシーも兄とともに南軍のゲリラ部隊に加わり、殺人や強盗を覚えた。終戦後は、兄のフランクや元戦友のコール・ヤンガーとその兄弟たちとともに強盗団「ジェイムズ=ヤンガー・ギャング」を結成して、銀行や列車を襲い、殺人を繰り返した。
銀行強盗では、1866年10月にミズーリ州レキシントンの銀行を2人で襲撃して2,000ドルを奪った。1867年3月にはリバティの銀行を襲いながら何も奪えずに逃走し、同年5月のリッチモンドの銀行襲撃は成功して4,000ドルを奪い、町長を含む8名を殺害した。1868年3月にはケンタッキー州に移り、ラッセルヴィルの銀行を6名で襲撃して14,000ドルを強奪した。1871年6月にはアイオワ州へ逃れ、40,000ドルを奪っている。銀行の金利に苦しむ農民が銀行を敵視して匿ったため、一連の事件で組織された捜索隊に捕捉されることはなかった。しかし、北部寄りのミネソタ州に移ると、住民らの支援を受けられなくなった。1876年9月のノースフィールドの銀行襲撃では、見張り役が住民らの銃撃を受け、2名が死亡、1名が重傷を負い、この逃走の際に銀行員の咽をナイフで掻き切って殺害したことが知れ渡り、ジェイムズ兄弟の名声は地に落ちた。ヤンガー兄弟は逮捕されたが、ジェイムズ兄弟は逃走に成功し、偽名を使って潜伏した。
最初の列車強盗は1873年7月21日である。7万5000ドル相当の金がアイオワ州のアデアを通過することを知ったジェイムズ兄弟らは、橋付近のレールの釘を引き抜いた。列車が到着すると機関車が横転し、機関士が死亡し、機関助手も負傷で死亡した。ジェシーらは警備員に金庫を開けさせて金貨を強奪したが、積み込みが遅れていたため、奪ったのはわずか2,000ドルであった。1874年1月にも駅に乗り込み、駅員を脅して列車を停めさせ、乗客と金庫から現金を強奪した。このとき労働者と女性からは金品を奪わなかったため、新聞に「奪うのは労働者と貴婦人からではなく、シルクハットの紳士から」という記事が載った。その後、私立探偵社ピンカートンが追っ手に加わり、追跡の末に仲間のジョン・ヤンガーが同年3月に殺害され、兄弟は追い詰められていった。
ほとぼりが冷めた頃、新たな仲間を加えて再び強盗を繰り返したが、1882年、ミズーリ州政府がジェシーを10,000ドルの賞金首とすると、それを狙って裏切ったフォード兄弟に射殺された。兄フランクはその半年後に州知事のもとへ自首し、以降は平穏な生活を送ったため、ジェシーの悲劇的な最期を際立たせた。敬虔なキリスト教徒で、甘いマスクの美男子であり、その悲劇的な最期は人々の同情を集め、強者に立ち向かうロビン・フッドのイメージに重ねる者もいて、ジェシーは伝説化した。1925年にロバータス・ラヴが『ジェシー・ジェームスの盛衰』を出版すると、その生涯が広く知れ渡り、アウトローの象徴として英雄視されるまでになっていった。
同じ年に亡くなった人物
- ジョルジュ・ルクランシェ (1882年没)
- ジョセフ・ドケーヌ (1882年没)
- シャルル・ブラン (1882年没)
- ジョージ・ヘンリー・ケンドリック・スウェイツ (1882年没)
- アントニー・トロロープ (1882年没)
同じ地域に関係する人物
- タミー・フェイ (2007年没)
- デイヴィッド・ライス・アッチソン (1886年没)
- ジョン・ゴッティ (2002年没)
- アーロン・オールストン (2014年没)
- ブランチ・リッキー (1965年没)