伝記
トリュファイナは、紀元前141年ごろに生まれ、紀元前111年に世を去ったプトレマイオス朝の王女である。セレウコス朝の王アンティオコス8世グリュポスと結婚し、紀元前124年から紀元前111年までシリアの王妃であった。クレオパトラの名も持っていたと考えられがちだが、そのことは確かめられていない。
エジプト王プトレマイオス8世と、その姪で義理の娘でもあった妻クレオパトラ3世の長女として生まれた。弟妹にはプトレマイオス9世、プトレマイオス10世、クレオパトラ4世、クレオパトラ・セレネがいる。
紀元前124年、プトレマイオス8世はそれまで支えていたアレクサンドロス2世ザビナスと手を切り、デメトリオス2世とクレオパトラ・テアの子アンティオコス8世を支持する方針に改めた。その新しい政策の一環として、娘のトリュファイナをアンティオコス8世に嫁がせ、援軍も送った。夫婦には5人の息子が生まれた。セレウコス6世、双子のアンティオコス11世とピリッポス1世、デメトリオス3世、アンティオコス12世である。娘のラオディケは、ミトリダテス1世カリニコスの妻となった。
紀元前112年、アンティオコス8世は異母兄弟で宿敵のアンティオコス9世キュジケノスを破り、アンティオキアを奪った。そこにはアンティオコス9世の妻、つまりトリュファイナの妹クレオパトラ4世がいた。トリュファイナはこの妹を憎み、殺すことを望んだ。外国の軍をセレウコス朝の兄弟争いに引き入れたこと、母の意に背いてエジプトの外へ嫁いだことを、妹の罪として責めた。アポロンの神殿に逃げ込んでいた妹について、夫は助命を求めたが、聞き入れられなかった。祖先は女性にこれほど乱暴に接しなかったこと、神殿は神聖であり、助けを得て勝てた神々は敬うべきことを、夫は説いたという。それでもトリュファイナは兵士に命じ、兵士たちは神殿に踏み込んでクレオパトラ4世を殺した。クレオパトラ4世は死ぬ前に殺した者たちを呪い、復讐を汚された神々に委ねたと伝えられる。
その翌年の紀元前111年、アンティオコス9世が再び異母兄弟を破ると、トリュファイナは捕らえられた。アンティオコス9世は彼女を処刑させ、亡き妻の霊への供え物としたのであった。
同じ年に亡くなった人物
- ラオディケ6世 (紀元前 110年(推定))
- パナイティオス (紀元前 110年(推定))
- マルクス・カエキリウス・メテッルス (紀元前 110年)
- クィントゥス・カエキリウス・メテッルス・マケドニクス (紀元前110年代没)
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