伝記
ルキウス・ウァリウス・ルフスは、アウグストゥス時代初期のローマの詩人である。生年は前74年頃とされ、没年は前14年とも前13年ともされる。ウェルギリウスやホラティウスの友人で、同時代には優れた詩人であり趣味の良い人物と見られていた。アウグストゥスにも近く、マエケナスを中心とする詩人の輪のなかでも重要な位置を占めたと伝えられる。カトゥルスやキンナとも面識があったという。
ウェルギリウスと同じく、南イタリアでギリシア人の哲学者シロンとピロデモスが主宰するエピクロス派の共同体に迎えられたとされる。ホラティウスがマエケナスに紹介される際には、ウェルギリウスとともにその仲立ちをした。ホラティウスは彼を叙事詩の第一人者として語り、『カルミナ』第1巻第6歌では、ホメロスの歌の鳥にたとえて、アグリッパの武勲を歌えるのは彼だけだと述べている。ウェルギリウスも『牧歌』第9歌で、自分はまだウァリウスやキンナに並ぶほどの作品を生んでいないと嘆いている。
詩作は三つの時期を経たといわれる。最初期の作品は前44年から前43年頃の『死について』で、エピクロス派の思想に影響を受けたものとされ、ユリウス・カエサルを悼む叙事詩だとする説もある。マクロビウスは、その数行をウェルギリウスが借りたり取り入れたりしたと伝えている。次に彼は、しばしば武勲を主題とする叙事詩に力を注ぎ、アウグストゥスをたたえる頌詩も書いた。ホラティウスの書簡の古注には、この頌詩から取られた3行が引かれている。前30年代半ばには悲劇へと向かったとされる。
最も有名な作品は悲劇『テュエステス』である。前29年、オクタウィアヌスがアクティウムの勝利を祝って催した競技会で上演され、ウァリウスは百万セステルティウスの贈り物を受けたと、劇の上演記録に記されている。クインティリアヌスはこの劇をギリシアのどの悲劇にも並ぶものと評し、後代の注釈者フィラルギュリウスは、あらゆる悲劇に勝ると述べた。タキトゥスの『弁論家についての対話』では、クリアティウス・マテルヌスがこれをオウィディウスの『メデア』と比べている。だが作品はほとんど伝わらず、残るのは十数行の断片にとどまる。
ウェルギリウスが亡くなると、ウァリウスはプロティウス・トゥッカとともに『アエネイス』を整えて出版した。亡き詩人は原稿を焼き捨てることを望んでいたともいわれる。ウァリウスは手を入れても何も付け加えなかったとされる。友情に基づくこの仕事が、自分の叙事詩の名声を覆い隠したとも評される。彼はウェルギリウスの伝記を書いた可能性もあるという。
彼の叙事詩は題名や断片のほかほとんど残らず、「カエサルとアグリッパの事績」を歌った詩と、『死について』を同じ作品とみなす者もいる。悲劇『テュエステス』も、8世紀に存在したかどうかは確かめられないが、かなり遅い時期に失われたことは疑いないとされる。『テレウス』という悲劇が彼の作とされることがあるが、これは16世紀の作品にすぎない。
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