伝記
ウィリアム・オラフ・ステープルドンは、1886年5月10日にイギリスのリヴァプールの南、ウィラル半島のウォラジーで生まれた小説家・哲学者である。壮大なスケールの作品によって、後年のSF作家に大きな影響を与えた。一人息子の彼は、父の赴任先であるエジプトのポートサイドで6歳まで過ごした。オックスフォード大学のベイリオル・カレッジで近代史を学び、卒業後は船会社の事務所で働いたり、リヴァプールで労働者教育協会の活動に関わったりした。
第一次世界大戦が始まると、良心的兵役拒否の立場から、英国赤十字社を通じて友徒救急隊に入った。1915年から1919年にかけてフランスやベルギーの戦場で、負傷者を救急哨所へ運ぶ運転手を務めている。戦後フランス政府から戦功十字章を授けられたが、そのことは亡くなるまで家族にも語らなかった。この部隊で働いた多国籍・多民族の人々との交流は、のちの『オッド・ジョン』などの作品に影響したといわれる。戦時中は、オーストラリアにいる従姉妹のアグネスと文通を重ね、1919年に結婚した。夫妻はウィラル半島のウエストカービーで暮らし始め、のちに一男一女をもうけた。リヴァプール大学で哲学の博士号を取り、英文学や哲学、心理学の講師も務め、1929年には博士論文をもとに最初の著書『倫理学の現代理論』を出版した。
しかし彼はより多くの読者に思想を伝えようと小説へ向かい、1930年に発表した『最後にして最初の人類』で作家として認められた。人類の20億年にわたる未来を描いた作品で、当時は無名だったにもかかわらず高い評価を得たが、彼はこの時までSF小説をほとんど読んだことがなかったという。続いて1937年に発表した『スターメイカー』は、宇宙規模へとスケールを拡大した幻視的な作品で、戦争の危機が忍び寄る時代を背景に、平和への思いを遠い未来から俯瞰して見せた。ブライアン・オールディスはその「冷たく美しい」ヴィジョンを堪えがたいほど壮麗と評し、ボルヘスは科学的な性格を持つ寓話と空想譚を結びつけた作品と述べた。物理学者のフリーマン・ダイソンは、ダイソン球をはじめとする宇宙文明のアイデアを同書から得たとしている。ほかに、超人類を描いた『オッド・ジョン』と、人間並みの知能を持つ犬の物語『シリウス』がある。1944年にはアーサー・ケストラーが企画したユートピアのアンソロジーのうち、彼の「新世界の老人」だけが満足できる出来で、単行本として刊行された。存命中に最も売れた本は、素人向けの哲学入門『哲学と生活』だという。千里眼や予知、念動力などの超常現象にも生涯関心を持ち、1946年ごろにはこれを題材にした短編集を準備したが、多忙で実現しなかった。
第二次世界大戦中には平和主義を離れて戦争遂行を支持し、1940年に一家はウィラル半島のカルディへ移った。1945年以降は各地で講演を重ね、1948年にはポーランドの世界知識人平和会議に出席し、同年アーサー・C・クラークの招きで英国惑星間協会でも講演した。1949年にはニューヨークの世界平和会議に、ビザが認められた唯一のイギリス人として出席している。1950年9月6日、カルディの自宅で冠状動脈閉塞により急死した。遺灰は、彼が好んだディー川河口を望む崖の砂地にまかれたという。H・G・ウェルズやヴァージニア・ウルフ、バートランド・ラッセルらとの書簡も残されており、2001年には第1回コードウェイナー・スミス再発見賞が贈られた。
同じ年に亡くなった人物
- グスターフ・ラムステッド (1950年没)
- ニコライ・ハルトマン (1950年没)
- ジョージ・リチャーズ・マイノット (1950年没)
- エリザベート・ド・リュクサンブール (1901-1950) (1950年没)
- アントニオ・マリア・ダ・シルヴァ (1950年没)
同じ地域に関係する人物
- アーサー・ジョンソン (1929年没)
- イアン・セント・ジョン (2021年没)