HISTORICAL PERSON · 1978年没

ロナルド・ノーリッシュ

イギリスの化学者。化学反応の研究で1967年にノーベル化学賞を受賞した。代表的な成果に光反応の一種であるノリッシュ反応がある。

生涯
1978年没
死亡地
イギリス連邦(ケンブリッジシャー / ケンブリッジ)
出生地
イギリス連邦(ケンブリッジ)
出典
世界地図
イギリス連邦(ケンブリッジシャー)

伝記

ロナルド・ジョージ・レイフォード・ノーリッシュは、1897年11月9日にケンブリッジで生まれ、1978年6月7日に同地の自宅で没したイギリスの化学者である。1967年、化学反応に関する研究が評価され、マンフレート・アイゲン、ジョージ・ポーターとともにノーベル化学賞を授与された。代表的な成果に、光反応の一種であるノーリッシュ反応がある。

ケンブリッジのパース・スクールで学んだ。幼いころから化学に関心を持ち、ケンブリッジ大学の化学実験室を行き来して、その器具に見入っていたという。父は庭の物置に小さな実験室を作ることを勧め、必要な薬品もすべて与えた。この器具の一部は、現在は科学博物館の収蔵品になっている。薬学の雑誌が出す混合物の分析の懸賞にもよく応募し、しばしば賞を取った。1915年にエマニュエル学寮の奨学金を得たが、年齢をいくらか偽って王立野戦砲兵隊に入り、中尉としてアイルランドに、続いて西部戦線に出た。

第一次世界大戦では捕虜となったとされ、軍の記録には、1918年3月21日に少尉が行方不明(捕虜)になったという記載がある。のちに本人は、ケンブリッジで同年代の競争相手となるはずだった多くの者が戦争で命を落としたと、悲しみとともに語っている。復員後の1925年に化学の博士号を取得し、同年エマニュエル学寮の研究員となった。その後、ケンブリッジ大学の物理化学の教授を、1937年から1965年まで、あるいは1935年から1963年まで務めたといわれる。エリック・ライディールの教え子でもあった。

実験室での手際は同時代の人々のなかでも抜きん出ており、光化学と気体の反応速度の分野で大きな進歩を成し遂げられる、並外れて才能に恵まれた精力的な実験家と評された。ポーターとの共同研究では、極めて速い化学反応を調べるための閃光光分解の手法が開発され、これが受賞の理由となった。ケンブリッジでは、のちにDNAの研究者となるロザリンド・フランクリンを指導したが、折り合いが悪かったとされる。

1936年に王立協会のフェローに選ばれ、同協会から1958年にデービー・メダル、1966年にベーカリアン・メダルを受けた。王立化学会からは1957年にリバーシッジ賞を贈られている。

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