HISTORICAL PERSON · 1979年没

フェオドル・リュネン

ドイツの生化学者。ミュンヘン大学でヴィーラントに学び教授となり、1954年新設のマックス・プランク細胞化学研究所の所長を兼任した。

生涯
1979年没
死亡地
ドイツ連邦共和国(バイエルン州 / ミュンヘン)
出生地
ドイツ連邦共和国(ミュンヘン)
出典
世界地図
ドイツ連邦共和国(バイエルン州)

伝記

フェオドル・フェリックス・コンラート・リュネンは、1911年4月6日にミュンヘンで生まれたドイツの生化学者である。父ヴィルヘルムは機械工学を教え、母フリーダ(旧姓プリュム)は実業家の娘であった。1930年にミュンヘン大学の化学科で学び始め、ハインリヒ・ヴィーラントの指導のもと、テングタケの毒性物質についての研究に取り組んで、1937年3月に卒業した。その2か月後の1937年5月14日には、恩師ヴィーラントの娘エーファと結婚し、1938年から1946年のあいだに5人の子をもうけた。第二次世界大戦のあいだはドイツにとどまり、戦時中にミュンヘン大学で化学の講師となった。1947年に員外教授、1953年には生化学の教授になった。

1954年からは、ミュンヘンに新設されたマックス・プランク細胞化学研究所の所長を兼任した。この職は、オットー・ヴァールブルクとオットー・ハーンという二人の長老の科学者の働きかけで、彼のために設けられたものである。1972年にいくつかの研究所が統合されてマックス・プランク生化学研究所が新設されると、その初代所長となった。同じ1972年にはドイツ化学会の会長にも選ばれている。

研究では、1950年に、リップマンらが考えていた「活性酢酸」の実体が、酢酸と補酵素Aのチオエステルであること、すなわちアセチルCoAを発見したことを証明した。この化学構造の解明は、生化学の経路を詳しく理解するために欠かせなかった。続いて、「リュネンのサイクル」と呼ばれる脂肪酸のβ酸化の仕組みを解明し、さらに脂肪酸の生合成に関わる多酵素複合体を明らかにした。コレステロールの生合成やビオチンの作用の仕組みについても重要な発見をした。コレステロールの生合成では、スクアレンができる段階から、それがコレステロールに変わる段階までを、同じ分野のコンラート・ブロッホとほぼ別々に明らかにした。ビオチン、すなわちビタミンB7が、この過程に必要なことも突き止めた。これらの発見には長い年月がかかった。

1964年、コレステロールと脂肪酸の代謝の仕組みと調節に関する発見により、ブロッホとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。ステロールや脂肪酸の代謝の理解が、コレステロールが心臓病や脳卒中にどう関わるかを明らかにするかもしれない、と委員会は重視した。同年12月11日の受賞講演の題は「活性型酢酸からテルペンと脂肪酸への経路」であった。国際生化学会の会長を務めるなど、学問の国際交流にも貢献し、マックス・プランク協会の副会長、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団の総裁も歴任した。受賞歴は、1954年のノイベルク賞、1955年のリービッヒ・メダル、1961年のカルス賞、1963年のオットー・ヴァールブルク・メダルなどがある。1962年にはアメリカ芸術科学アカデミーとアメリカ科学アカデミーの会員に選ばれ、1971年には科学・芸術のプール・ル・メリット勲章を受けた。親日家としても知られ、渡独した沼正作ら日本人科学者を受け入れて指導した。9回来日し、勲二等旭日重光章を贈られている。1979年8月6日、動脈瘤の手術から6週間後に、ミュンヘンで没した。

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