伝記
ジェイムズ・ボールドウィンは、1924年8月2日に生まれ、1987年11月30日に63歳で没したアメリカ合衆国の小説家、劇作家、詩人、随筆家であり、公民権運動家でもある。著作の大半は、20世紀半ばのアメリカにおける人種と性の問題を扱い、黒人であり同性愛者であることに関する、アイデンティティへの探索と、社会的・心理的な圧力を主題とした。代表作に『山にのぼりて告げよ』がある。
9人きょうだいの長子に生まれた。実の父には会ったことがなく、継父のデイヴィッドに父の姿を見ていたが、工場労働者であり街頭説教師でもあった継父は、家のなかでは大変残酷だったといわれる。継父は文学を志すことに反対したが、恩師やニューヨーク市長の支援を得た。14歳でハーレムの小さな教会に入り、ブロンクスの高校を卒業すると、グリニッジ・ヴィレッジに移り、文学の修行に励んだ。「世界で最も偉大な黒人作家」と慕った年上の作家リチャード・ライトの支援を受け、ライトは賞を受ける手助けもした。随筆集の題『アメリカの息子のノート』は、ライトの小説『アメリカの息子』にかけたものである。しかし、1949年の随筆『みんなの抗議小説』が、二人の友情を終わらせた。ライトの小説が『アンクル・トムの小屋』に似て、信憑性のある人物や心理的な描写に欠けると主張したからである。後年、ボールドウィンは、ライトへの憧れは残っていると説明している。もう一人、人生に影響を与えたのは、画家のビュフォード・デラニーで、「黒人が芸術家になれるという最初の生きている証」と書いた。
1948年から長くヨーロッパに移住し、最初の目的地はパリだった。アメリカに戻ると、積極的に公民権運動に関わり、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアとともにワシントンへの行進に加わった。1953年に処女作で自伝的な教養小説『山にのぼりて告げよ』を出版し、2年後に最初の随筆集が出た。1956年の2番目の小説『ジョヴァンニの部屋』は、露骨な同性愛の描写のため、出版された時から議論が沸騰した。読者はアフリカ系アメリカ人の経験を扱う作品を期待していたが、この小説は白人だけが登場するものだった。続く『もう一つの国』などは、黒人と白人が登場し、異性愛、同性愛、両性愛を扱った実験小説であった。長編随筆『次は火だ』は、キリスト教と急成長する黒人イスラム教運動との不穏な関係を述べ、雑誌に特大版で出版され、1963年には、南部への講演旅行の間に、タイム誌の表紙を飾った。次の長い随筆『巷に名もなく』は、1960年代後期の自己体験から、友人のメドガー・エヴァース、マルコムX、キング牧師の暗殺について書いた。
1970年代と80年代の作品は、批評家にあまり取り上げられなかった。『ビール・ストリートに口あらば』など、黒人家族の重要性を主題とした小説や、詩集、アトランタの子ども連続殺人事件を考察した随筆を出版して、文学活動を終えた。1980年代初頭には、マサチューセッツ州西部の五つの大学で教員となり、のちに劇作家となるスーザン=ロリ・パークスを指導した。晩年は、長くアメリカに住まず、トルコのイスタンブールや南フランスのサン=ポール=ド=ヴァンスで暮らし、1987年11月30日に、食道癌のため、サン=ポール=ド=ヴァンスで亡くなった。トニ・モリソンは、彼の小説と随筆の巻を編集し、2005年には、アメリカ合衆国郵便公社が彼を描いた切手を発行した。
同じ年に亡くなった人物
- 春山泰雄 (1987年没)
- プリシラ・ディーン (1987年没)
- 中山正敏 (空手家) (1987年没)
- ジェームズ・アングルトン (1987年没)
- プリーモ・レーヴィ (1987年没)
同じ地域に関係する人物
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- ルートヴィヒ1世 (バイエルン王) (1868年没)
- アレクサンダー・バークマン (1936年没)
- レオポルド (オールバニ公) (1884年没)
- スペンサー・キャヴェンディッシュ (第8代デヴォンシャー公爵) (1908年没)