伝記
テリー・サバラスは、アメリカ合衆国の俳優である。本名はアリストテレス・サバラスで、サヴァラスとも表記される。1922年1月21日にニューヨーク州ロングアイランドのガーデンシティで生まれた。両親はギリシャ系で、スパルタ出身の芸術家だった母クリスティーナと、レストランを営む父ニックのもと、5人きょうだいの2番目に育った。きょうだいのガスとともに、新聞売りや靴磨きをして家計を助けた。小学校に入ったころはギリシャ語しか話せず、のちに英語を覚えたという。
1940年にニューヨーク州フローラルパークのハイスクールを卒業し、水泳の名手として海水浴場の救助員を務めた。父親を救えなかった出来事に強い衝撃を受け、生涯にわたって水の安全を訴え、6人の子供全員に水泳を習わせたとされる。1941年に陸軍に召集されたが、交通事故で重傷を負い、1943年に伍長で除隊した。骨盤の骨折や捻挫、脳しんとうのため、1年以上入院した。その後、軍の教育機関でラジオとテレビの制作を学び、1946年にコロンビア大学で心理学の学士号を得た。
戦後は国務省の番組「あなたのアメリカの声」の司会者を経てABCニュースで働き、報道特別番組の責任者から、ジレット・スポーツ番組のプロデューサーになった。ここでハワード・コーセルにテレビの最初の仕事を与えたという。俳優になるつもりはなかったが、ヨーロッパ風の訛りをもつ役者を紹介してほしいと頼まれ、都合のつかない友人の代わりに自ら出向いて、1958年1月にテレビドラマに出演した。その後はテレビのゲスト出演で引っ張りだことなり、1959年には舞台デビューも果たした。映画では、共演者バート・ランカスターに才能を買われ、ジョン・フランケンハイマー監督の『明日なき十代』に警官役で出た。続く同監督の『終身犯』(1962年)でランカスターと再び共演し、アカデミー助演男優賞とゴールデングローブ賞助演男優賞の候補となった。1950年代から60年代にかけてのハリウッドの欧州ロケにも、『ジンギス・カン』や『バルジ大作戦』(ともに1965年)などの脇役として参加し、欧州映画界との人脈を築いた。その後はマカロニ・ウエスタンなどイタリアやスペインの作品で、凄みのある悪役を目立って演じた。『女王陛下の007』(1969年)では、悪の首領ブロフェルドを演じた。
日本では、テレビドラマ『刑事コジャック』(1973年から)の主演で特に知られる。ダンディで颯爽とした主人公を演じて、お茶の間で親しまれ、日本語吹き替えでは森山周一郎が当たり役とした。歌手としても活動し、ブレッドの「イフ」のカヴァーを全英チャートの1位に送り込んだ。1970年代後半以降は、個性を逆手にとって強烈な悪役や不気味な人物も演じた。
1994年の映画『バックファイヤー!』でも元気な姿を見せたが、そのときすでに前立腺癌に冒されていた。1994年1月22日、72歳の誕生日の翌日に癌で亡くなった。親友の俳優の娘、女優のジェニファー・アニストンの名付け親でもあった。
サバラスは、若いころの不思議な体験をトークショーなどでよく語った。1957年2月27日の午前3時、ロングアイランドの田舎道で車がガス欠になり、歩き出すと、黒いキャデラックが止まって、甲高い声の若い男が、スタンドまで乗せて小銭まで貸してくれた。男が書いた名前はハリー・アガニスで、後日、電話に出た妻は、ハリーは3年前に事故で亡くなったと告げた。サバラスは「私にもさっぱりわからない」と語っている。
同じ年に亡くなった人物
- ジュリアン・シュウィンガー (1994年没)
- Harald Christensen (1994年没)
- ラルフ・ミリバンド (1994年没)
- 荻村伊智朗 (1994年没)
- ルドルフ・フィルクスニー (1994年没)
同じ地域に関係する人物
- ジョージ・バーンズ (撮影監督) (1953年没)
- ジーン・キャグニー (1984年没)
- メシャック・テイラー (2014年没)
- Molly Malone (1952年没)
- アン・ギルベール (2016年没)