HISTORICAL PERSON · 2001年没

ジョン・リー・フッカー

アメリカのブルース歌手・ギタリスト。50年以上のキャリアの中で独特のリズム感のブギ・スタイルを確立し、「キング・オブ・ブギ」とも呼ばれた。1984年には来日公演も行った。

生涯
2001年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ロスアルトス)
出生地
アメリカ合衆国(クラークスデイル)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

ジョン・リー・フッカーは、1917年8月22日にミシシッピ州クラークスデイルで生まれたアメリカのブルース歌手、ギタリストである。生まれた年については1915年、1920年など諸説があるが、1917年説が最も一般的とされる。独特のリズム感覚をもつブギのスタイルを確立し、50年以上に及ぶキャリアのなかで「キング・オブ・ブギ」の名で親しまれた。

1943年、ミシガン州デトロイトに移り住んだ。1948年にレコード・ディーラーのバーニー・ベスマンの誘いを受けて、初めてのレコーディングを経験した。翌1949年1月にモダン・レーベルから出した「ブギ・チレン」がR&Bチャートを駆け上がる大ヒットとなった。他のレーベルからも誘いがあったが、モダンとの契約に縛られていたため、フッカーは様々な変名を使い、複数のレーベルに作品を提供していった。1955年にモダンを離れてヴィージェイ・レコードと契約し、1965年までに計8枚のアルバムを出した。この時期に、それまでの弾き語りから、R&B色の濃いバンドスタイルへと発展し、「ディンプルズ」や「ブーン・ブーン」といった代表曲を生んだ。1962年にはブルース・ブームの起きていたヨーロッパへ赴き、熱烈な歓迎を受けた。1965年にABCレコードへ移り、同社と傘下のブルースウェイ、インパルス!レコードなどからも作品を発売した。

1970年代に入るとデトロイトを離れてカリフォルニア州に移り、ロック・ミュージシャンとの共演を活発に行った。キャンド・ヒートと共演した『フッカー&ヒート』(1970年)をはじめ、『エンドレス・ブギー』(1971年)ではスティーヴ・ミラーやジェシ・エド・デイヴィスと共演し、翌1972年にはヴァン・モリソンとの共演盤『ネバー・ゲット・アウト・オブ・ジーズ・ブルース・アライヴ』を発表した。1970年代半ばごろまでABCに在籍したが、その後はしばらく新作から遠ざかった。1980年の映画『ブルース・ブラザース』には、シカゴのマックスウェル・ストリートの路上の演奏家の役で出演した。1983年には国立芸術基金のナショナル・ヘリテージ・フェローシップを受賞した。1984年7月にはロバート・クレイとともに来日して、全国6都市で公演を行ったが、晩年にツアーを嫌った彼にとって、これが唯一の日本公演となった。

1989年、カルロス・サンタナ、ボニー・レイット、ロス・ロボスらをゲストに迎えたアルバム『ザ・ヒーラー』で華々しく復活した。収録曲の「アイム・イン・ザ・ムード」はグラミー賞の最優秀トラディショナル・ブルース・レコーディング賞を得た。1991年にはロックの殿堂入りを果たし、同年のアルバム『ミスター・ラッキー』にもライ・クーダー、ジョニー・ウィンター、キース・リチャーズらが参加した。旧知のヴァン・モリソンとはその後も共演を重ね、フッカー名義の『チル・アウト』(1995年)や『ドント・ルック・バック』(1997年)にもモリソンが加わった。映画のサウンドトラックでのマイルス・デイヴィスとの共演や、ピート・タウンゼントの作品への参加もある。2001年6月21日、カリフォルニア州ロス・アルトスの自宅で、就寝中に老衰のため亡くなった。没後の2003年には、未発表音源にゲストの演奏を重ねた『フェイス・トゥ・フェイス』が出された。

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