HISTORICAL PERSON · 2002年没

ピエール・ブルデュー

フランスの社会学者・哲学者。著書『ディスタンクシオン』で知られ、文化資本やハビトゥス、象徴的暴力などの概念を提示した。

生涯
2002年没
死亡地
フランス共和国(パリ / 12区)
出生地
フランス共和国(ダンガン村)
出典
世界地図
フランス共和国(パリ)

伝記

ピエール・ブルデューは、1930年8月1日にフランスのピレネー=アトランティック県で生まれた社会学者、哲学者である。名門のリセ・ルイ=ル=グランを経て、1951年に高等師範学校(ユルム校)に入学し、1954年に卒業した。哲学の教授資格を取得して、ムーランの高等学校で哲学を教えた。この年からアルジェリアでは対フランス独立戦争が始まっていた。1955年には陸軍に徴兵されてアルジェリアに出征し、兵役が終わった後も現地に留まって教師を務めた。その傍ら、アルジェリア社会について社会人類学的なフィールドワークを行った。1958年にはアルジェ大学文学部の助手に着任している。

1964年にフランス国立社会科学高等研究院の教授となり、1981年にはコレージュ・ド・フランスの社会学講座の教授に就いた。2000年にトーマス・ハックスリー記念賞を受け、2001年に定年退職して名誉教授となった。研究分野は哲学から文学理論、社会学、人類学まで広く、数百の論文と三十冊ほどの本を発表した。理論は、ハイデガー、ヴィトゲンシュタイン、メルロ=ポンティ、フッサール、カンギレム、マルクス、フロイト、バシュラール、ウェーバー、デュルケーム、レヴィ=ストロース、パノフスキー、モースなど、多くの先行する思想に支えられていた。パスカルからも影響を受け、著書に『パスカル的省察』の題を付けた。ブルデュー自身の翻訳は、パノフスキーの『ゴシック建築とスコラ学』だけである。

ブルデューが関心を向けたのは、社会における権力のしくみ、とりわけ権力が世代の内外で受け渡され、社会の秩序が保たれる、多様で微妙なやり方だった。西洋哲学の理想主義的な伝統とは意識して対立し、社会生活の身体的な性格や、実践と身体化の役割を強調した。文化資本、社会関係資本、象徴資本という資本の形態を区別し、ハビトゥス、界(場)、象徴的暴力、文化的再生産といった概念を導入して、社会学に大きな影響を与えた。ハビトゥスは、人が育つ社会的な環境に適応して身につける気質の体系である。それは意識的な計算ではなく、身体の論理の水準で働き、スポーツで培われる「筋肉の記憶」のようなものにたとえられる。界とは、人々が望ましい資源を求めて闘争する歴史的な社会空間のことで、その中での行為者の位置は、界の規則とハビトゥス、そして持つ資本の相互作用で決まる。

最もよく知られた著書は、1979年の『ディスタンクシオン』である。味覚の判断が社会的な地位と結びついており、それ自体が社会的な位置づけの行為だと論じた。社会理論に、定量的な調査や写真、インタビューなどのデータを組み合わせた点も特徴的である。現代の社会は機会の平等と高い社会的流動性を誇るが、それは正規の教育によって達成されているという神話にすぎず、実際には支配階級や知的階級が世代を超えて社会的特権を維持している、と強調した。文化の生産については『文化生産の場』(1993年)と『芸術のルール』(1996年)があり、芸術や文学を「創造者」のカリスマ的なイデオロギーでなく、生産の界の中の位置から分析しようとした。

2002年1月23日、肺癌のためサン・タントワーヌ病院で亡くなった。71歳だった。同じ日に、アメリカの哲学者ロバート・ノージックも亡くなっている。

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