HISTORICAL PERSON · 2005年没

ジャック・キルビー

アメリカの電子技術者。1958年にテキサス・インスツルメンツ社で集積回路を発明し、電卓やサーマルプリンターも発明した。2000年にノーベル物理学賞を受賞した。

生涯
2005年没
死亡地
アメリカ合衆国(テキサス州 / ダラス)
出生地
アメリカ合衆国(ジェファーソンシティ)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(テキサス州)

伝記

ジャック・セイント・クレール・キルビーは、1923年11月8日に生まれたアメリカの電子技術者で、集積回路(IC)の発明者の一人である。育ったのはカンザス州のグレートベンドで、現地には彼の像が建てられている。1947年にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で電気工学の学士号を取り、同じ年にミルウォーキーのセントラルラブ社で働き始め、セラミックを基板とする回路を手がけた。勤めながらウィスコンシン大学ミルウォーキー校の大学院に通い、1950年に電気工学の修士号を取得した。

1958年にテキサス・インスツルメンツ社に就職したが、入社して間もないため年次休暇が足りず、夏休みを取れなかった。そこで同僚が休暇で不在の間に、「数の暴虐」と呼ばれる回路設計上の難問に取り組み、半導体の上に回路をひとまとめに形成するという解決策にたどり着いた。9月12日に経営陣の前でこれを説明し、ゲルマニウムの小片にオシロスコープをつないでスイッチを入れると、画面に正弦波が現れて、集積回路が正常に動くことが示された。この発明に関する特許は1959年2月6日に出願され、キルビー特許と呼ばれる。数か月後、フェアチャイルドセミコンダクター社のロバート・ノイスも独自に集積回路の着想に至り、半導体の平面上に回路をつくる技術に関するプレーナー特許を出願した。一般には、この2人が集積回路の発明者とされている。

のちにキルビー特許の関連特許は、半導体技術が普及した後に成立し、日本をはじめ多くの国の半導体メーカーとの間で特許をめぐる争いを生んだ。テキサス・インスツルメンツ社はこれにより莫大な特許料の収入を得た。集積回路のほか、電卓とサーマルプリンターも発明し、生涯に約60の特許を取った。1970年には同社を離れて独立した発明家としても活動し、シリコンで太陽光から電力をつくる技術なども探った。1978年から1985年までは、テキサスA&M大学で電気工学の教授を務め、1983年に同社を退社した。

受賞は数多く、1966年に電気電子学会のフェローに選ばれてデイヴィッド・サーノフ賞を受け、1986年には同学会の栄誉賞も受けた。1969年にアメリカ国家科学賞、1990年にアメリカ国家技術賞を受けた。1982年にはアメリカ発明者栄誉殿堂に選ばれ、1993年には京都賞の先端技術部門を受賞した。2000年には、ジョレス・アルフョーロフ、ハーバート・クレーマーとともにノーベル物理学賞を受けた。受賞を予想しておらず、可能性は低いと思っていたと語り、受賞後のスピーチでは、産業とその歴史についての個人的な見解を述べた。南メソジスト大学など9つの大学から名誉博士号を授与され、中華民国の国立交通大学は1998年に彼を名誉教授とした。

2005年6月20日、ダラスで癌のため81歳で亡くなった。同年12月、テキサス・インスツルメンツは社の歴史資料室を設け、遺族は手稿や写真のコレクションを南メソジスト大学に寄贈した。2008年には同大学の工学部が、集積回路の誕生50周年を祝うシンポジウムや展示会を開いた。同社はシリコン関連の研究センターをキルビー・センターと名づけている。

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