HISTORICAL PERSON · 2006年没

ドン・ノッツ

アメリカの喜劇俳優・声優。1960年代のシットコム『メイベリー110番』のバーニー・ファイフ役や、1980年代のシットコムのラルフ・ファーリー役で知られる。

生涯
2006年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ロサンゼルス)
出生地
アメリカ合衆国(モーガンタウン)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

ドン・ノッツは、本名をジェシー・ドナルド・ノッツといい、1924年7月21日にアメリカのウェストバージニア州モーガンタウンで生まれた喜劇俳優、声優である。父ウィリアム・ジェシーと母エルシーの息子で、父の一族は17世紀にメリーランド州に定住して以来アメリカに暮らしていた。父は農場主だったが、統合失調症を患って農場を失い、さらにアルコール依存症も併発して、ドンが13歳のときにこの世を去った。ドンと二人の兄弟を含む一家は、モーガンタウンでまかない付きの寮を営む母によって支えられた。

高校を卒業し、19歳で陸軍に入隊して、軍の出し物を担当したり、看護兵として太平洋戦線を含む第二次世界大戦に参加したりした。海兵隊で教練教官をしていたという都市伝説があるが、事実ではない。戦後の1948年にウェストバージニア大学を卒業した。人形を使った腹話術をはじめ、さまざまな会場で芸人としての修業を積み、1953年から1955年まで、ソープオペラ『サーチ・フォー・トゥモロー』に出演して知名度を上げた。1956年にはスティーブ・アレンのバラエティ番組に出演し、街頭インタビューのコーナーで、情緒不安定で神経質な男を演じて人気を集めた。その男が自らの職業を「外科医」や「爆発物の専門家」と名乗ると、場は非常に盛り上がった。

1958年、同名の著書と演劇をもとにした映画『軍曹さんは暇がない』でアンディ・グリフィスと共演し、これがきっかけで二人の関係が築かれた。1960年、グリフィスから自身の番組『メイベリー110番』へのレギュラー出演を誘われ、グリフィス演じる保安官アンディ・テイラーの従兄弟の副保安官バーニー・ファイフを演じた。バーニーは横柄でロマンティックで、銃を誤射してはさびしそうにアンディへ返すことが多く、いつか正当に銃を撃つ日を夢見るため、銃弾を1つ、いつもシャツのポケットに入れている。ノッツはこのコミカルで哀愁のある人物を冷静に演じ、エミー賞の助演男優賞コメディ部門を複数回受賞した。グリフィスは第1回の放送後、ノッツは引き立て役だと考えたが、まもなく二人のコンビの特徴に気づき、第2回以降は自分がノッツの面白さを引き立てる役だったと語っている。

当初、グリフィスは番組は5シーズンほどで終わると予想していたが、ノッツは別の仕事を探して、ユニバーサル・ピクチャーズと5本の映画出演契約を結んだ。グリフィスは残ってほしいと望んだが、ノッツの決意は固く、番組を降りた。その後も映画『秘密兵器リンペット』などに出演し、1979年から1984年までのシットコム『スリーズ・カンパニー』でも知られた。大学時代の恋人キャスリン・メッツとは1947年から1964年まで結婚し、娘カレンと息子トーマスをもうけた。1974年に再婚して1983年に離婚し、最後は女優と結婚していた。2006年2月24日、ロサンゼルスの病院で、肺がんに関連する肺と呼吸器の合併症のため亡くなった。数時間前には、長年の友人であるグリフィスが病床を訪れている。妻と娘が最期までそばにいた。ウエストウッド・メモリアルパークに埋葬され、故郷のモーガンタウンには記念公園がつくられることになった。

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