伝記
ジョージ・エミール・パラーデ(ゲオルゲ・エミール・パラーデとも表記される)は、1912年11月19日にルーマニアのヤシで生まれた細胞生物学者である。父はヤシ大学の哲学教授、母は中等学校の教師であった。1940年にブカレストのカロル・ダヴィラ医科大学で医学博士号を取得し、そのまま同大学で教員を務めたのち、博士研究員としての研究のためアメリカへ渡った。渡米の年は1945年とされるが、1946年とする記述もある。
アメリカでは、かつての師であるアルベルト・クラウデのもとで、ロックフェラー医学研究所に加わった。1952年にアメリカ合衆国の市民権を得て、1958年から1973年までロックフェラー大学で研究を続けた。ここで電子顕微鏡を用い、リボソーム、ミトコンドリア、葉緑体、ゴルジ体といった細胞内小器官の内部構造を調べた。最も重要な発見はリボソームに関するもので、小胞体に付着したリボソームを1955年に初めて記載したとされる。1960年代には、細胞分画とオートラジオグラフィーという二つの手法を並行して用い、前者はフィリップ・シーケヴィッツやデイヴィッド・サバティーニら、後者はジェームズ・ジェイミソンらとの共同研究として、細胞が蛋白質を分泌する過程を調べ、分泌物が小胞体の内腔に隔離されることなどを明らかにしたと、本人の自伝は述べている。この研究では、パルスチェイス分析という実験法によって、粗面小胞体とゴルジ体が連携して働く分泌経路が確かめられた。血管内皮細胞に特有の貯蔵小器官は、スイスの解剖学者エワルト・バイベルとともに記載し、バイベル・パラーデ小体の名で残っている。
1973年にはイェール大学に移って1990年まで教授を務め、同大学で初の細胞生物学科の学科長となった。同大学の細胞生物学の講座は、今も彼の名を冠しているとされる。1990年からはカリフォルニア大学サンディエゴ校で教え、細胞・分子医学部門の名誉教授、ラホヤの医学部の科学担当名誉学部長となった。1974年には、細胞の構造と機能に関する発見により、クリスチャン・ド・デューブ、アルベルト・クラウデとともにノーベル生理学・医学賞を受けた。受賞講演の題は「蛋白質分泌過程の細胞内での諸相」であった。
このほかの栄誉も多い。1961年に全米科学アカデミーの会員に選ばれ、1962年にウォーレン賞、1964年にパサノ賞、1966年にアルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受けた。1968年には王立顕微鏡学会の名誉会員に選ばれ、1970年にはコロンビア大学のルイザ・グロス・ホロウィッツ賞をクラウデらとともに受賞している。1971年にはカーネギーメロン大学のディクソン賞科学部門を受けた。1975年にルーマニア・アカデミーの名誉会員、1981年に世界文化評議会の創設会員となり、同じ年にE・B・ウィルソン・メダルも受けた。1984年には王立協会の外国人会員に選出された。1986年にはアメリカ国家科学賞を受け、1988年にはアメリカ・ルーマニア芸術科学アカデミーの名誉会員にも選ばれた。2008年10月8日、カリフォルニア州デル・マーで世を去った。
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