HISTORICAL PERSON · 2009年没

高田一美

日本の元サッカー選手で、ウイング。10代で日本代表に選ばれて国際Aマッチ16試合に出場し、三菱重工では1974年度にアシスト王となった。

生涯
2009年没
死亡地
日本(東京都 / 杉並区)
出生地
日本(静岡市)
出典
世界地図
日本(東京都)

伝記

高田一美は、1951年6月28日に静岡県で生まれたサッカー選手である。ポジションはフォワードで、主にウイングとして活躍した。引退後は改姓により郡司一美と名乗っていたとされる。

静岡県立清水東高等学校で1967年から1969年まで過ごし、その後日本大学へ進んだ。10代のうちから日本代表に選ばれており、1970年11月15日にはスウェーデンのクラブチーム、ユールゴーデンIFとの試合で代表デビューを飾った。同年12月には大学生の身でアジア競技大会の日本代表に選出され、12月12日のクメール戦に出場している。その後も1974年のワールドカップ西ドイツ大会の予選に出場し、国際Aマッチには通算16試合に出場した。得点は記録されていない。代表での出場は1970年から1975年にかけてとされるが、1976年のアジアカップにも出場し、1976年に代表を退いたともいわれる。

日本ユース代表にも選ばれ、1971年4月に日本で開かれた第13回アジアユース大会では、奥寺康彦や永井良和らとともに出場して2得点を挙げた。

1971年に日本大学を中退し、日本サッカーリーグ1部の三菱重工業に入部した。入部するとすぐに出場機会をつかみ、1974年度にはアシスト王に輝いた。このアシスト王のタイトルは生涯で1回である。そのプレースタイルは、メキシコ五輪で銅メダルを獲得したメンバーの杉山隆一になぞらえられ、「杉山二世」とも呼ばれた。クラブには1979年まで在籍し、リーグ戦では通算128試合に出場して25得点を記録した。1972年と1973年にはリーグのベストイレブンに選ばれている。

在籍した時期の三菱重工業は、1971年に天皇杯を制し、1973年にはリーグ優勝と天皇杯優勝を果たした。さらに1978年には、日本サッカーリーグ、リーグカップ、天皇杯という国内の主要3タイトルをすべて獲得している。

高田は1979年に現役を退いた。2009年10月1日、すい臓癌のため東京都杉並区で死去した。享年59、満年齢では58歳であった。

同じ年に亡くなった人物

同じ地域に関係する人物