HISTORICAL PERSON · 2009年没

ヴャチェスラフ・チーホノフ

ソ連・ロシアの俳優。映画『若き親衛隊』でデビューし、ボンダルチュク監督の『戦争と平和』ではアンドレイ役を演じた。

生涯
2009年没
死亡地
ロシア連邦(モスクワ)
出生地
ロシア連邦(パヴロフスキー・ポサド)
出典
世界地図
ロシア連邦(モスクワ)

伝記

ヴャチェスラフ・ワシーリエヴィッチ・チーホノフは、1928年2月8日に現在のモスクワ州にあるパヴロフスキー・ポサドで生まれたソビエト連邦、ロシアの俳優である。父は紡績工場の機械工、母は教師であった。

13歳のときに独ソ戦が始まり、見習いとして工場で働くようになった。戦争のさなか、仕事のあとには映画館に通い、ひそかに芸術の道を夢見ていたという。ただし両親の気持ちを損ねまいと、1944年にはモスクワの工科系の学校に入学した。翌1945年に全ロシア映画大学の入学試験を受け、一度は落ちたものの最終的に合格し、1950年に優秀な成績で卒業した。学生時代の1948年、セルゲイ・ゲラシモフ監督の映画『若き親衛隊』で俳優としてデビューした。作品は大成功を収めたが、次に同じほどの役に恵まれるまでには数年を要した。そのころ同級生で、のちに有名な女優となる人物と結婚している。

転機は1957年である。国立映画俳優劇場に加わったこの年、スタニスラフ・ロストツキー監督のメロドラマで不実な夫を演じて評価を得て、以後は多くの出演依頼を受けるようになった。1965年から1967年にかけては、セルゲイ・ボンダルチュク監督がトルストイの原作を映画化した『戦争と平和』にアンドレイ公爵役で出演した。この作品は米国アカデミー賞外国語映画賞など数々の賞を受けている。1966年6月19日には、第一部の日本公開に合わせ、ボンダルチュク、ナターシャ役のリュドミラ・サベーリエワ、エレン役のイリーナ・スコブツェワとともに来日した。叙勲や称号も重ねており、1962年にはソ連功労芸術家の称号を、1969年には連邦社会主義共和国人民芸術家の称号を受け、1970年にはソ連国家賞も得ている。

最も広く知られた役は、1973年のテレビ映画『春の十七の瞬間』で演じた、ナチス親衛隊の情報機関に潜入するソ連の工作員シュティルリッツである。全12話のこの連続ドラマは国民的な人気を得て、出演者に数多くの称号や賞が贈られた。チーホノフも1974年にソ連人民芸術家の称号を受け、1976年にはワシリエフ兄弟賞を得た。同じ年に共産党に入党している。1977年の『黒い耳の白い犬』ではレーニン賞を受け、1970年代後半にはブレジネフの回想に基づく記録映画三部作の語りを務めて、1980年にタラス・シェフチェンコ賞を授けられた。1982年には社会主義労働英雄の称号とレーニン勲章を受けている。

ソ連崩壊後は映画産業が採算を重んじるようになり、出演を引き受けることが少なくなった。自分の価値観に反する役は断ったという。それでもニキータ・ミハルコフ監督の『太陽に灼かれて』には1994年に出演し、劇場用映画での最後の出演は2006年のエリダール・リャザノフ監督の作品とされる。2002年に心筋梗塞を起こし、その後は入退院を繰り返した。2008年には母国の映画芸術の発展への貢献に対して名誉勲章を受けた。2009年12月4日、血管の手術の翌日にモスクワの病院で亡くなり、ノヴォデヴィチ墓地に埋葬された。当時のメドヴェージェフ大統領が弔意を表している。調査船ヴャチェスラフ・チーホノフ号は、彼にあやかって名付けられた。

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