HISTORICAL PERSON · 2012年没

アーネスト・ボーグナイン

アメリカ合衆国の俳優。1955年に『マーティ』でアカデミー主演男優賞を受賞し、『ワイルドバンチ』や『ポセイドン・アドベンチャー』などにも出演した。

生涯
2012年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / シダーズ-サイナイ メディカルセンター)
出生地
アメリカ合衆国(ハムデン)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

アーネスト・ボーグナインは、1917年1月24日にコネチカット州ハムデンで生まれたアメリカの俳優である。本名はエルメス・エフロン・ボルニーノといい、両親はともにイタリアからの移民だった。母アンナは貴族の家系の出で、モデナ近郊のカルピの生まれ、父カミッロはアレッサンドリア近郊のオッティリオの生まれだった。2歳のときに両親が別居し、母とともにイタリアで約4年半を過ごした。1923年までに両親は和解し、姓がボルニーノからボーグナインに改められ、父は名をチャールズと改めた。一家はニューヘイヴンに住み、ジェームズ・ヒルハウス高校を卒業した。子供のころはスポーツに親しんだが、演技には全く関心がなかった。

高校を卒業した1935年10月にアメリカ海軍へ入隊し、駆逐艦兼掃海艇に乗り組んで、1941年10月に名誉除隊した。しかし1942年1月、真珠湾攻撃を受けて再び海軍に入り、第二次世界大戦中には対潜艦で大西洋沿岸を哨戒した。1945年9月に再び名誉除隊するまで、合計でほぼ10年を海軍で過ごし、砲手の一等兵曹の階級に達した。除隊後は両親の家に戻り、仕事も目標もなく、工場で働いたが、そこに落ち着く気にはなれなかった。母に舞台が性格に合っていると勧められ、父は乗り気でなかったが、ハートフォードの演劇学校で演技を学んだ。その後バージニア州の劇場に加わり、1947年に初めて舞台に立って、観客の心をつかんだ。

1949年にニューヨークへ出て、ブロードウェイで看護人の役を演じて初舞台を踏み、1951年にはテレビに出て、悪役を演じたことが映画への出演につながった。同年に映画デビューし、ロサンゼルスに移って、フレッド・ジンネマン監督の『地上より永遠に』(1953年)で、営倉の囚人を殴る冷酷な軍曹の役に就いた。風貌を生かして粗暴な役を多く務めたが、1955年の『マーティ』でアカデミー主演男優賞を受賞し、渋い演技もこなすことを示した。『マーティ』は作品賞も獲得した。1969年の『ワイルドバンチ』では渋い味のある盗賊を、1972年の『ポセイドン・アドベンチャー』では、ジーン・ハックマン演じる聖職者と常に対立しながら、絶望的な事態から生還する男を演じた。1962年から1966年までのテレビのコメディでは主役を務め、1984年から1986年の『超音速攻撃ヘリ エアーウルフ』では、主人公を補佐するドミニク役で共演した。1980年代以降は、主にテレビで活躍した。

生涯で200本近い作品に出演した。92歳のときには、2009年の医療ドラマの最終回への出演で、3度目のエミー賞候補となった。1999年からは、アニメ『スポンジ・ボブ』でマーメイドマンの声も演じた。1975年には、エルサルバドルのミス・ユニバース世界大会の審査員を務めている。5回結婚し、最初は従軍中の1949年で娘が生まれたが1958年に離婚した。1964年にはエセル・マーマンと結婚したが、実質的な結婚生活は38日しか続かなかった。1973年にノルウェー人の実業家の女性と再婚し、亡くなるまで連れ添った。2012年7月8日、ロサンゼルスで腎不全により死去した。

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