伝記
ケネス・ゲッズ・ウィルソンは1936年6月8日、マサチューセッツ州ウォルサムで生まれたアメリカの物理学者である。父は、ハーバード大学の著名な化学者で、マイクロ波の研究で重要な業績を残したブライト・ウィルソンであり、母エミリーも物理学の訓練を受けていた。ケネスは長子で、イギリスのオックスフォードにある学校など複数の学校に通ったのち、ペンシルベニア州東部のジョージ・スクールに落ち着いた。一度の飛び級を経て、1952年、16歳でハーバード大学に入学し、数学を専攻しながら物理学も学んだ。
学生時代には才能をいくつもの面で見せた。1954年と1956年のウィリアム・ローウェル・パトナム数学コンペティションでは、いずれも上位5位以内に入っている。陸上競技の選手でもあり、ハーバード大学を代表して1マイル走に出場した。夏休みにはウッズホール海洋研究所で働いたという。大学卒業後はカリフォルニア工科大学の大学院に進み、マレー・ゲルマンのもとで原子物理学の研究に取り組み、1961年に博士号を取得した。
その後、ハーバード大学とヨーロッパ合同原子核研究機関で博士研究員を務めたのち、1963年にコーネル大学物理学科の助教授に就いた。準教授を経て1970年に教授となり、1974年にはジェームズ・A・ウィークス記念物理学教授の職を得ている。この間にスタンフォード線形加速器センターでも研究を行った。1985年には、全米科学財団が設けた五つの国立スーパーコンピューター・センターの一つで、コーネル大学のセンターの所長に任命された。1988年からはオハイオ州立大学に移り、1995年にメーン州のグレイへ転居しつつ、2008年まで同大学との関係を保った。
研究の中心は、スケーリングの包括的な理論の構築だった。物事の性質や力が、測定する尺度によってどう変わるかを調べ、尺度ごとに別々に考え、隣り合う尺度の関係を取り出すという「分割して統治する」方法を編み出して、相転移の計算に役立てた。これは繰り込み群の理論を新たに捉え直したもので、統計物理学における臨界現象と相転移の理解を大きく進めた。固体物理学のコンドー効果の定量的な記述にも繰り込み群を応用している。さらに格子ゲージ理論を用いて、クォークがハドロンの内部に閉じ込められる仕組みの理解を先導し、強結合の計算をコンピューターで行える道を開いた。
「相転移に関連した臨界現象に関する研究」により、1982年にノーベル物理学賞を受賞した。1980年にはマイケル・フィッシャー、レオ・カダノフとともにウルフ賞物理学部門を受け、ほかにハイネマン賞(1973年)、ボルツマン賞(1975年)、フランクリン・メダル(1982年)なども贈られた。教え子にはロマン・ジャッキウ、マイケル・ペスキン、ポール・ギンスパーグらがいる。晩年は物理教育の研究に力を注ぎ、小中高の生徒が科学や数学に主体的に関わることを早くから唱えた。1982年に結婚した妻のアリソン・ブラウンは、著名なコンピューター科学者である。2013年6月15日、リンパ腫の合併症のためメーン州の老人ホームで亡くなった。77歳だった。
同じ年に亡くなった人物
- エリアス・ケレヘタ (2013年没)
- Lorenzo Antonetti (2013年没)
- アリク・アインシュタイン (2013年没)
- マリアンヌ・グリュンベール=マナゴ (2013年没)
- Marina Solodkin (2013年没)
同じ地域に関係する人物
- ヘンリー・ノックス (1805年没)
- John Houbolt (2014年没)
- ベレニス・アボット (1991年没)
- ロバート・インディアナ (2018年没)
- ゲイリー・メリル (1990年没)