伝記
ケマル・アミン・「ケイシー」・ケイサムは、1932年4月27日、ミシガン州デトロイトで、レバノン系のドルーズ派の両親のもとに生まれたアメリカのラジオ司会者、俳優、声優である。父アミンと母ヘレンは食料品店を営んでいた。父はレバノンのムフタラからの移民で、母はペンシルベニア州カーボンデールのレバノン系の家に生まれた。名は、父が尊敬していたムスタファ・ケマル・アタチュルクにちなむ。両親は子どもたちにアラビア語を話させず、アメリカの暮らしになじむように求めた。1940年代にラジオ番組に感化されて、ラジオの司会者になろうと志した。デトロイトのノースウェスタン高校でスポーツ中継を担当してラジオの経験を積み、ウェイン州立大学では、『ローン・レンジャー』などのラジオ番組で子どもの声を演じた。1952年に徴兵されて陸軍に入り、朝鮮に派遣されて、在韓米軍放送網で司会者とアナウンサーを務めた。
戦後はミシガン州フリントで放送の仕事を始め、デトロイトの放送局にも勤め、子ども番組の司会者「クローゴ・ザ・クラウン」も演じたが、家業の食料品店を手伝うために放送の世界を離れた。ニューヨークで舞台俳優を目指して半年を過ごしたものの、うまくいかなかった。デトロイトに戻ると、クリーヴランドの放送局で夜の枠と音楽番組の司会者の口があり、音楽の中心地として台頭するクリーヴランドに惹かれて移った。当時の新聞や宣伝で名前の綴りがまちまちだったため、「マイクのケイシー」と名乗った。この地での在任は短かったが成功し、3か月で平日の夜は聴取率2位、土曜の夜は1位になった。夜の番組の前半は、R&Bをエネルギッシュな調子でかけ、後半は落ち着いた構成で、ニュースの読み手と二人で進めた。曲を「今夜の〇〇」と呼んで、無作為な言葉や名前で形容するのが定番だった。賄賂疑惑で名高い司会者アラン・フリードの失脚が起きると、「今夜の賄賂の曲」という笑いのコーナーを始めたが、経歴に悪影響はなかった。1959年9月14日には、ダイアナ・トラスクと85秒の口づけをして「世界記録」を名乗る企画を行った。その後、放送局の形式が変わり、バッファロー、サンフランシスコ、オークランドなどの放送局を渡り歩いた。オークランドでは音楽ディレクターと司会を兼ね、ゴミの中で見つけた雑誌から着想し、曲の合間に歌手の経歴の小話を挟む番組を作った。
1970年7月4日の週末に、全米のヒット曲を順位順に紹介する『アメリカン・トップ40』の司会を始め、1988年まで務めた。1989年1月から1998年2月まで『ケイシーズ・トップ40』を司会し、1998年には『アメリカン・トップ40』を復活させた。1992年から2009年まで、アダルト・コンテンポラリー形式の順位番組も2つ司会した。1983年にはアメリカン・ビデオ・アワードを創設して、1987年の最終回まで共同で製作し司会した。声優としては、1969年からシリーズ『スクービー・ドゥー』の初代シャギー・ロジャーズ役を、1973年から1985年まで『スーパーフレンズ』のロビン役を務めた。1968年のアニメ『バットマン』でもロビンを演じ、『科学忍者隊ガッチャマン』の大鷲の健の役も務めた。ほかにも、トランスフォーマーのクリフ役や、『セサミストリート』の子ども向けの声、数多くのコマーシャルの語り、「NBCの声」を務めた。2014年6月15日に死去した。
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