伝記
ミッキー・ルーニーは1920年9月23日、ニューヨークのブルックリンに、ヴォードヴィル芸人の子として生まれたアメリカの俳優、歌手である。本名はジョセフ・ユール・ジュニアで、身長は160センチと小柄だった。両親が舞台に立っていたため、生後17か月で初舞台を踏んだという。その後、両親が別居あるいは離婚したことで、母とともにカリフォルニア州ハリウッドに移り、幼いうちに映画に出るようになった。1927年から1936年にかけては、短編シリーズでミッキー・マクガイア役を演じ、少年スターとして知られた。1935年には、ワーナー・ブラザースの『夏の夜の夢』で妖精パックを演じ、評論家から高く評価されている。
10歳のころにはメトロ・ゴールドウィン・メイヤーの専属となり、ミュージカルを中心に人気子役として活躍した。1937年、『ア・ファミリー・アフェア』でアンディ・ハーディ役に選ばれたことが転機となる。ライオネル・バリモア演じる判事の、小心者で活発で女の子好きな息子という役柄で、予想外のヒットとなり、1937年から1946年までに13作が続き、1958年にも最後の作品が作られた。この作品は、小さな田舎町を当時の世相に沿って描いて受け入れられ、親たちはルーニーに理想の息子の姿を見たという。私生活でも役柄に似て活発な少年で、撮影所の社長ルイス・B・メイヤーは、彼の公的なイメージを管理する必要があると考えた。
同じ1937年、子役として人気のあったジュディ・ガーランドと初めて共演し、歌って踊るコンビとして『ブロードウェイ』や『青春一座』など数々のヒット作を生んだ。二人は親しい友人となり、息の合った演技は観客に好評だった。19歳のとき、『青春一座』でのミッキー・モラン役の演技でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、史上2番目に若い候補となった。1930年代には映画やラジオにも次々と出演して一躍スターとなり、アカデミー賞の子役賞も受けた。
第二次世界大戦でアメリカが参戦すると、米国慰問協会に加わったのち、1944年に陸軍に入り、終戦まで軍隊生活を送った。入隊前の1942年には女優のエヴァ・ガードナーと結婚したがまもなく破局し、ルーニーは生涯で8回結婚している。1945年9月に復員して映画界に戻ったが、子役時代のイメージが抜けず、一時はスランプに陥った。身長が低いため男性主人公を演じることも難しくなり、1948年の『ワーズ&ミュージック』がガーランドとの最後の共演作となった。
1950年代に性格俳優へと転じ、テレビにも出て人気を取り戻した。『ティファニーで朝食を』など名作で重要な脇役を務め、助演男優賞の候補にも数回挙がった。ただし同作で白人のルーニーが演じた日系アメリカ人ユニオシ役は、黒ぶちの眼鏡や出っ歯といった悪意に満ちた日本人像で描かれていた。1979年には59歳でブロードウェイにデビューし、バーレスクを懐古するレビューにアン・ミラーと出演して称賛を受け、ニューヨークで1,208回上演された。1990年代には『オズの魔法使い』の魔法使い役も演じ、その演技力は高く評価されて、映画界への貢献からアカデミー名誉賞を受けた。90歳を過ぎても『ナイト ミュージアム』など多くの作品に出演し、2014年4月6日に93歳で亡くなり、ハリウッド・フォーエバー墓地に埋葬された。
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