伝記
アーウィン・ローズは、1926年7月16日にニューヨーク州で生まれたアメリカの生化学者である。生地はブルックリンで、世俗的なユダヤ系の家庭に生まれ、父ハリーと母エラ(旧姓グリーンウォルド)は床材の店を営んでいた。ワシントン州立大学で生化学の勉強を始めたが、第二次世界大戦のために海軍に入隊して中断し、戦後に復員するとシカゴ大学に入った。1948年に理学士号を取得し、1952年に生化学専攻で博士号を得た。
1954年から1963年までは、イェール大学の医学部で生化学の教員を務めた。1963年にはフィラデルフィアのフォックスチェースがんセンターに移り、1995年に退職するまでそこにとどまった。1970年代にはペンシルベニア大学にも加わり、物理生化学の教授を務めた。2004年のノーベル賞が発表された当時は、カリフォルニア大学アーバイン校の医学部で、生物物理学と生理学の教授として勤務していた。
古典的な酵素学の分野でも多くの仕事を残した。マリアンヌ・グルンベルク=マナゴ、ソール・コーリー、セベロ・オチョアとの共同研究では、酢酸とATPからアセチル補酵素Aが作られる反応を調べ、この反応がクエン酸回路を始めるのに欠かせないことを明らかにして、酵素の精製や反応の平衡定数の測定を行った。エドワード・オコンネルとはホスホグルコースイソメラーゼの反応機構を、シドニー・リーダーとはトリオースリン酸イソメラーゼの反応機構を調べた。ジェシー・ウォームスとは肉腫の腫瘍にあるヘキソキナーゼの働きを研究し、この酵素が肝臓や脳のミトコンドリアに存在し、マグネシウムに依存する平衡に従って結合していることを見いだした。また、細胞内でのマグネシウムの役割に広く関心を持ち、アデニル酸キナーゼの反応の平衡から研究を進めた。さらに酵素が触媒する反応の立体化学にも関心を寄せ、グルタミン合成酵素なども調べた。
最もよく知られる業績は、タンパク質の分解の研究である。ユビキチンは1975年にギデオン・ゴールドスタインらによって発見された小さなタンパク質で、ローズは、アブラム・ハーシュコ、アーロン・チカノーバーらとともにこれを詳しく調べた。ユビキチンに関する業績は、フォックスチェースがんセンターに在籍し、数人の博士研究員を指導していたときになされた。その中には、ユビキチンの鎖を初めて観察したアート・ハースや、APF-1がユビキチンと同一であることを初めて同定したケイス・ウィルキンソン、セシル・ピッカートらがいた。共同研究の成果は、1979年に網状赤血球からATP依存性のタンパク質分解系を分離した論文や、1980年にタンパク質の分解でATPが果たす役割を論じた論文として発表された。夏になると、ローズはしばしばハーモニカを持って、ウィルキンソンとハースを連れ、チカノーバーやハーシュコの研究室を訪ねたという。2004年、「ユビキチンを介したタンパク質分解の発見」により、二人とともにノーベル化学賞を受賞した。ゼルダ・ブーデンスタインと結婚して4人の子供をもうけ、2015年6月2日、マサチューセッツ州ディアフィールドで88歳で死去した。未亡人は翌2016年に亡くなった。
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