伝記
ジーン・ワイルダーは1933年6月11日、ウィスコンシン州ミルウォーキーに、ロシアからのユダヤ系移民の家庭の子として生まれた。本名はジェロム・シルバーマンで、父は新奇な雑貨の製造・販売を営んでいた。8歳のとき、母がリウマチ熱と診断され、医者から「笑わせてあげなさい」と言われたことが、演技に関心を持つきっかけになったという。11歳で、演技を学んでいた姉の舞台を見て夢中になり、13歳になった翌日に姉の先生へ電話をして弟子入りを認められ、2年間学んだ。母は息子の可能性が地元では生かされないと考え、ハリウッドの軍事学校に入れたが、彼はそこでいじめを受け、短期間で家に戻って地元の劇場にのめり込んだ。15歳で初めて観客の前に立ち、1951年に高校を卒業した。
アイオワ大学で演劇などを学び、1955年に卒業すると、英国のブリストル・オールド・ヴィック演劇学校に入った。フェンシングを学んで、1年生で初めて全校選手権に優勝している。スタニスラフスキーの演技法を学びたいと帰国し、ニューヨークで俳優スタジオに通った。1956年に陸軍に徴兵され、衛生兵として訓練を受け、除隊まで1958年にかけて軍務に就いた。1957年11月には母を卵巣癌で亡くしている。除隊後はリムジンの運転手とフェンシングの教師をしながら劇場の仕事を探し、オフ・ブロードウェイからブロードウェイへと進んだ。1961年に二つの舞台でクラレンス・ダーウェント賞を受賞した。
映画では、1967年の『俺たちに明日はない』で人質役を演じたのが初出演である。続く『プロデューサーズ』でアカデミー助演男優賞にノミネートされ、メル・ブルックス監督とのコンビが始まった。『ブレージングサドル』『ヤング・フランケンシュタイン』(いずれも1974年)でも主演し、後者では共同脚本を書いて、脚色賞の候補にもなった。ウディ・アレンの1972年の作品にも出演した。1971年には、ロアルド・ダールの原作を映画化したカルト作『夢のチョコレート工場』で主役のウォンカを演じた。黒人コメディアンのリチャード・プライヤーとも組み、『大陸横断超特急』『スター・クレイジー』『見ざる聞かざる目撃者』『詐欺師とウソつき患者』などで共演している。ユダヤ人牧師を演じ、荒くれカウボーイ役のハリソン・フォードと共演した『フリスコ・キッド』もある。
1975年の『新シャーロック・ホームズ おかしな弟の大冒険』以降は、自らの出演作の監督も手がけ、『ウーマン・イン・レッド』(1984年)なども撮った。3度結婚し、3番目の妻でコメディ女優のジルダ・ラドナーとは3本の映画で共演した。後の2本は彼自身が監督している。ラドナーが1989年に卵巣癌で亡くなったのち、癌の啓発と治療のために活動し、ロサンゼルスの卵巣癌検査センターの設立や、「ジルダズ・クラブ」の共同設立にかかわった。
2003年に、テレビのコメディ番組へゲスト出演したのが最後の演技で、この役でエミー賞を受賞した。以後は執筆に力を注ぎ、2005年に回想録を刊行したほか、5冊の本を出した。信仰については、ユダヤ人であることに感謝しながらも、神やユダヤ教の教えは信じず、黄金律だけを自分の哲学とすると述べている。2016年8月、アルツハイマー病の合併症により、コネチカット州スタンフォードの自宅で亡くなった。83歳だった。
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