伝記
ギビカは、ブルグント人の初期の王で、後世の伝説ではギューキ、ギベケなどの名で知られる。407年ごろに没したとされるが、史実としては確かな記録がない。
歴史上のギビカは、516年のブルグント法典の序文に挙げられた古い王たちの最初に名がある。続いて挙げられるのはグンドマル、ギスラハリウス、グンダハリウスである。このうちグンダハリウスはローマの史料にも現れるが、ギビカ、グンドマル、ギスラハリウスについてはほかに何も知られておらず、法典も彼らの血縁関係を示していない。ギビカは5世紀の終わりごろに息子たちとともに統治し、彼らが後を継いだとされ、この王朝は534年にフランク人に敗れた王の消滅によって絶えたという。法典のうち奴隷の解放に関する条では、王グンドバートが「王家の記憶にふさわしい」祖先として、ギビカ、ギセルヘル、グンダハルらの名を挙げている。また、ギビカをブルグント人の最初の王とし、グンダハリウスの父とする説明もある。ただし、グンダハリウスをギスラハリウスの子、つまりギビカの孫とする説も存在する。
ゲルマン英雄伝説では、ギビカは後続のブルグント王たちの父となる。北欧の伝承では、エッダ詩『アトリの歌』などにギューキの名で登場し、グンナルの父とされる。『グズルーンの歌 第一』には、その妹としてギャフラウグが現れる。スノッリ・ストゥルルソンの『散文のエッダ』によれば、ギューキには息子グンナルとホグニ、娘グズルーンがあり、妻グリームヒルドの前の結婚で生まれた義理の息子グットルムは、シグルズを殺した人物である。ほかに二番目の娘グズニーがいて、詩ではグルロンドの名で呼ばれる。
大陸やアングロ・サクソンの伝承にも姿がある。8世紀の詩『ウィドシース』では、ギフィカがブルグント人の支配者とされる。9世紀の『ワルタリウス』ではギビコと呼ばれ、ヴォルムスに都を置くフランクの王として、息子グンテルをアッティラのもとへ人質に送る。彼が死ぬと、グンテルが新たな王としてヴォルムスに戻る。1250年ごろの『ヴォルムスの薔薇園』では、ギベケがクリームヒルトらの父で、ヴォルムスでの戦いでヒルデブラントに敗れ、版によってはディートリヒ・フォン・ベルンの家臣となる。『角のあるジーフリト』や『英雄書の散文』でもブルグント王たちの父として現れる。
一方、1200年ごろの『ニーベルンゲンの歌』や『ニーベルンゲンの嘆き』、『ビテロルフとディートライプ』は、この王をダンクラートと呼び、ギベケの名を用いない。『ティードレクス・サガ』は版によってアルドリアンまたはイルングと呼ぶが、グンナルとその兄弟は、なおギューキの息子たちを意味するギウキュンガルと呼ばれることがある。
同じ年に亡くなった人物
- マリア (407年)
- 金口イオアン (407年没)
- Chromatius (407年)
- Victricius (407年)
- グラティアヌス (407年没)
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