伝記
ロディのバッシアヌスは、イタリアの聖人で、ロディの初代司教とされる。ロディ、バッサーノ・デル・グラッパ、ピッツィゲットーネの守護聖人である。生年は320年ごろまたは319年、没年は409年とも413年ともいわれ、諸説ある。
シチリアのシラクサに、同市の長官セルギウスの子として生まれた。学業を終えるためにローマへ送られ、そこでジョルダーノという司祭の導きでキリスト教に改宗した。これは両親の意に強く反するものだった。父は息子に棄教させようとして、シラクサに戻るよう求めたが、バッシアヌスはこれを拒み、親戚であるラヴェンナ司教ウルソのもとへ逃れた。そこでクラッセのサンタポッリナーレ聖堂の近くに隠修士として暮らした。
373年ごろ、ロディの司教が亡くなると、後任になるよう求められた。ミラノのアンブロシウスとラヴェンナのウルソによって司教に叙階された。使徒たちに捧げる教会を建て、381年に、アンブロシウスとコモの聖フェリクスが臨席するなかで献堂した。同じ381年のアクイレイア教会会議に出席し、ヨウィニアヌスが断罪された390年のミラノ教会会議にも出席した可能性がある。教皇シリキウスに宛てた書簡には、アンブロシウスの署名と並んで彼の署名がある。397年には、友人アンブロシウスの臨終に立ち会った。
世を去ったのは、およそ413年とも409年ともされ、409年説では2月8日にロディで亡くなったとも、1月19日だったかもしれないともいわれる。気遣いのある牧者として知られ、病人を癒す賜物があると信じられた。
1158年にミラノ軍がロディを破壊したとき、遺骸はミラノへ移された。しかしフリードリヒ・バルバロッサが介入してロディの再建を命じたため、1163年に遺骸は返還され、ロディの聖母被昇天大聖堂に安置された。今もその地下聖堂で崇敬されている。彼はハンセン病に対して祈願される聖人で、祝日は1月19日、この日にはロディで聖バッシアヌスの市が開かれる。カトリック教会と正教会の双方で聖人として敬われている。
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