伝記
ブライアン・ウィルソン・オールディスは、1925年8月18日にイングランドのノーフォークの商業都市で生まれた作家である。祖父と父は百貨店を経営していた。6歳でデヴォンの寄宿学校に入り、15歳のころからは雑誌『アスタウンディング』の熱心な読者となった。1943年に陸軍に召集され、王立通信連隊に所属して、1946年までビルマなど東南アジアで過ごした。戦後はアジアとヨーロッパを旅行し、1948年に帰国してオックスフォードの書店に就職し、10年間勤めた。書店の業界誌に架空の書店を舞台にしたユーモア小説を連載し、これは1955年に『ブライトファウント日記』として出版された。
1954年にSF専門誌に最初のSF小説「犯罪記録」が掲載され、1955年にはオブザーバー紙の未来小説コンテストに応募した「時代ずれ」が第一席に入選した。その後も短編を発表し続け、1957年に最初のSF短編集を出して作家専業となり、1958年に最初の長編『寄港地のない船』を出版して、同年のヒューゴー賞新人作家賞を受けた。1960年には英国SF作家協会の代表に就いている。1962年には、のちに『地球の長い午後』として出版される連作でヒューゴー賞を受け、イギリスを代表するSF作家の一人となった。1969年には言語実験を用いた長編『はだしの頭』を発表し、その後2年間はSFから離れて普通小説を書いた。自伝的な作品群の『手で育てられた少年』や『兵士は立てり』は、性描写で関心を集めてベストセラーになった。J・G・バラードとともに、イギリス・ニュー・ウェーブSFの中心人物の一人とされる。マイクル・ムアコックは『ニュー・ワールズ』誌で、先行する作家としてバラードとオールディスを挙げ、『世界Aの報告書』など多くの作品を載せた。1960年代にはオックスフォード・メール紙の文学編集も務め、1964年にはハリー・ハリスンとSF評論誌を創刊した。
作家活動のほかに、アンソロジーの編集でも成功した。1961年にペンギン・ブックスから出した『ペンギンSF』は大成功を収め、続編2冊とあわせた合本も版を重ねた。1970年代には古典SFのアンソロジー・シリーズを出し、パルプ雑誌のイラストを集めた画集も編集している。1960年代から70年代の宇宙探査機で、金星がジャングルの惑星ではなく灼熱の惑星だとわかると、ハリスンと共同でそれを題材にしたアンソロジーを編んだ。1973年にはSF史『十億年の宴』を発表し、SFの起源をメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』に置いた。壮大で華麗なSFを「ワイドスクリーン・バロック」と名づけたのも彼である。1976年の『マラキア・タペストリー』は、代表作の一つとされる。
1982年にはスタンリー・キューブリックから、1969年発表の短編「スーパートイズ」の映画化を持ちかけられ、脚本作りに取りかかったが難航し、キューブリックは1999年に死去した。映画化権を引き継いだスティーヴン・スピルバーグと続編を含めて合意し、2001年に『A.I.』として公開された。2005年には『ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド』が映画化されている。2000年にアメリカSFファンタジー作家協会からグランド・マスター賞を贈られ、2005年には大英帝国勲章のオフィサーを受け、2008年にはリバプール大学から名誉博士号を受けた。長女ウェンディは写真家である。2017年8月19日に没した。
同じ年に亡くなった人物
- アリシア・デ・ボルボーン=パルマ (2017年没)
- Carlos Gomez (2017年没)
- ヘザー・メンジース (2017年没)
- マイケル・オギオ (2017年没)
- スティーブン・パドック (2017年没)
同じ地域に関係する人物
- トーマス・ハイド (1703年没)
- ロバート・ホワイトヘッド (1905年没)
- ジョン・L・オースティン (1960年没)
- カール・デイヴィス (2023年没)
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