伝記
ダフネ・カルーアナ・ガリジアは、1964年8月26日にマルタのスリーマで、ダフネ・アン・ヴェッラとして生まれた調査報道ジャーナリストである。日本語では、ダフネ・カルアナ・ガリツィアなどとも表記される。父は実業家のミカエル・アルフレッド・ヴェッラ、母はローズ・マリーで、4人姉妹の長女であった。修道院付属の学校とセント・アロイシウス・カレッジで学び、のちにマルタ大学で考古学を学んで、1997年に人類学を専攻した。10代の終わりに政治に関わるようになり、18歳のときには政府に抗議するデモに加わって逮捕されたという。1985年に弁護士のピーター・カルーアナ・ガリジアと結婚し、3人の息子をもうけた。一家は1990年にスリーマを離れ、モスタ近郊のビドニヤという村に移り住んだ。
ジャーナリストとしては、1987年に新聞社で働き始め、のちに新聞のコラムニストや副編集長を務めた。月刊誌の創刊編集者にもなり、亡くなるまで編集者であり続けた。2008年3月には「ランニング・コメンタリー」という個人ブログを開いて、取材に基づく報道や時事への論評を載せた。閲覧数が40万を超える、マルタで最も人気のあるサイトの一つとなり、一部の閲覧数は国内の新聞の合計部数を上回ったとされる。政府の腐敗、縁故主義、資金洗浄の疑惑、オンライン賭博業界と組織犯罪の関係、投資と引き換えに市民権を与える制度、アゼルバイジャン政府による支払いなどを書いた。2010年には、英国のエリザベス王女夫妻が新婚のころに暮らした邸宅の保存について論じ、英国の新聞からマルタの主要な論客と評された。
そのために脅迫や嫌がらせも絶えなかった。1996年には自宅の玄関に火をつけられ、家族の飼い犬が殺されて家の入り口に置かれたこともあった。2006年には、家族が眠っているあいだに自宅が放火された。ブログを始めたのちにも飼い犬が毒殺されたり撃たれたりした。息子マシューによれば、電話や張り紙、メッセージなどによる脅しは日常的だったという。2013年3月、総選挙の前日にジョゼフ・ムスカット首相を揶揄する動画を投稿し、政治的沈黙の期間を破ったとして逮捕され、数時間にわたって尋問を受けた。2016年から2017年には、パナマ文書の流出で発覚した、首相の妻、首相府の大臣、首相首席補佐官らの汚職疑惑を追及した。2014年からマルタが国外の富裕層に市民権と旅券を高額で売り始めたことと、パナマ文書の関連も取り上げた。政治家たちからは名誉毀損で提訴された。
2017年9月初めに、自身のブログで命を脅かされていると書き、10月には警察にも脅迫を相談していた。10月16日の午後3時ごろ、自宅近くで、自動車に仕掛けられた爆弾が爆発して亡くなった。53歳であった。ムスカット首相は暴力は正当化できないと述べ、関与した者を裁きにかけるよう指示した。同年12月には3人の男が逮捕され、2019年にはさらにドバイの会社の所有者が逮捕された。首相首席補佐官も事件に絡んで逮捕され、ムスカットは2020年1月に新党首が選ばれ次第、首相を辞任すると表明した。2018年4月には、彼女の調査を引き継ぐため45人の記者が参加する国際共同取材の「ダフネ・プロジェクト」が発足し、同年には、彼女をたたえてジャーナリストや内部告発者などを対象とする賞も設けられた。
同じ年に亡くなった人物
- ヤニス・クネリス (2017年没)
- マーティン・ランドー (2017年没)
- リンダ・ノックリン (2017年没)
- アンリ・エマニュエリ (2017年没)
- プロディジー (MC) (2017年没)
同じ地域に関係する人物
- アンソニー・マモ (2008年没)