伝記
ニコラス・ブルームバーゲンは、1920年3月11日に生まれ、2017年9月5日に没したオランダ出身のアメリカ合衆国の物理学者である。1981年に、アーサー・ショーロー、カイ・シーグバーンとともに、レーザー分光学への貢献によりノーベル物理学賞を受賞した。ブルームバーゲンは、非線形光学と呼ばれる新しい分野を築いたことが評価された。
オランダのドルトレヒトで生まれた。父は化学技術者で企業の幹部であり、きょうだいは5人いて、兄弟のアウケは、のちに法学者になった。1938年にユトレヒト大学に入って物理学を学び、1941年に学位を、1943年に修士相当の資格を得た。1943年、ドイツ占領下のオランダで、占領当局が大学を閉鎖し、2年間身を隠して、自宅で研究を続けた。戦争で荒廃したオランダを1945年に離れ、ハーバード大学のエドワード・ミルズ・パーセルの研究室に留学した。着任の6週間前に、パーセルと大学院生のトーリーとパウンドが核磁気共鳴を発見しており、ブルームバーゲンは最初の核磁気共鳴の装置を開発するために採用された。ハーバードでは、シュウィンガーやヴァン・ヴレック、ケンブルの講義にも出た。後の磁気共鳴画像装置の前身は、こうした彼の装置にあたる。1947年にオランダへ戻り、予備試験をオランダで終えていたため、ライデン大学に博士論文「核磁気緩和」を出して、1948年に博士号を得た。ライデンのコルネリス・ヤコブス・ホルテルから博士研究員の職を提供され、約1年そこで過ごした。
1949年にハーバードに戻って若手研究員となり、1951年に准教授、1957年にはゴードン・マッケイ応用物理学教授になった。同年にグッゲンハイム・フェローにもなった。1974年にはラムフォード物理学教授、1980年にはゲルハルト・ゲード大学教授となり、1990年にハーバードを退いた。パリ大学、カリフォルニア大学バークレー校、コレージュ・ド・フランスなどの客員教授を務め、1973年には母校のライデン大学のローレンツ客員教授に招かれた。1996年から翌年にアリゾナ大学の光学科学センターで客員研究員を務め、2001年には同大学の教授となった。
大学院時代から磁気共鳴で優れた業績をあげ、物質中の不均一な磁場の影響で広がった磁気共鳴スペクトルに、飽和によるくぼみを作り、その回復の様子から緩和の過程を研究した業績は有名である。1954年にチャールズ・タウンズがメーザーの実験に成功すると、ブルームバーゲンは3準位のメーザーを初めて提案し、メーザーの実用性を広げた。この手法は、のちにレーザーの励起方法として広く応用された。1956年には、標準的な気体のメーザーより強力な、結晶のメーザーを開発した。1960年にレーザーが登場すると、強い電磁場の中での物質の振る舞いを研究し、非線形光学の創造に重要な役割を果たした。媒質中の非線形感受率を通じて結合した4つの光波の振る舞いを、理論と実験の両面から調べ、そこから分光学の新たな分野を開拓した。1953年には、国際理論物理学会の東京と京都の会合で来日している。1958年にオリバー・E・バックリー凝縮系賞、1961年にスチュアート・バランタイン・メダル、1978年にローレンツ・メダル、1981年にノーベル賞、1983年にディラック・メダルなどを受けた。
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