HISTORICAL PERSON · 2018年没

トマス・A・スタイツ

アメリカの生化学者。イェール大学教授として研究し、リボソームの構造と機能の研究で、2009年にラマクリシュナンらと共にノーベル化学賞を受賞した。

生涯
2018年没
死亡地
アメリカ合衆国(コネチカット州 / ブランフォード)
出生地
アメリカ合衆国(ミルウォーキー)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(コネチカット州)

伝記

トマス・アーサー・スタイツは、1940年8月23日にアメリカ合衆国ウィスコンシン州ミルウォーキーで生まれた生化学者である。学部ではウィスコンシン州アップルトンのローレンス大学で化学を学び、1962年に卒業した。のちに同大学は、2010年6月に化学棟を「トマス・A・スタイツ科学館」と改称している。

ハーバード大学に進んで生化学・分子生物学を研究し、のちに1976年のノーベル化学賞を受けるウィリアム・リプスコムの指導のもとで、1966年に博士号を取得した。ハーバード大学では、小さな分子であるメチルエチレンリン酸の構造決定を訓練として課されたあと、カルボキシペプチダーゼAとアスパラギン酸カルバモイルトランスフェラーゼの原子構造の決定に貢献した。これらは、それぞれの時代に決定された最大の原子構造だったという。

1967年から1970年までは、ジェーン・コフィン・チャイルズ博士研究員として、ケンブリッジ大学のMRC分子生物学研究所で博士研究員を務めた。その後、カリフォルニア大学バークレー校で助教授の職に就いたが、同校が妻のジョーンを女性であることを理由に教員として受け入れなかったため、辞職した。夫妻は1970年にそろってイェール大学の教員となり、彼はそこで細胞生物学と構造生物学の研究を続けた。のちにイェール大学のスターリング分子生物物理学・生化学教授となり、ハワード・ヒューズ医学研究所の研究者も務めた。このほか、1976年から1977年までメイシー・フェローとしてゲッティンゲン大学で、1984年から1985年までフェアチャイルド・スカラーとしてカリフォルニア工科大学で研究している。

研究の中心はリボソームだった。ピーター・ムーアとともに、X線結晶構造解析によってリボソームの大サブユニットである50Sサブユニットの原子構造を決定し、2000年に科学誌『サイエンス』で発表した。2007年のガードナー国際賞は、ペプチジルトランスフェラーゼによる反応がRNAによる触媒反応であることを突き止めた構造機能研究と、抗生物質による機能阻害の仕組みの解明に対して贈られた。2009年には、リボソームの構造と機能に関する研究により、ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン、アダ・ヨナスとともにノーベル化学賞を受けた。リボソームをもとにした新しい抗生物質の開発を目指す会社の創設者の一人でもあった。そのほか1980年にファイザー酵素化学賞、2000年にローゼンスティール賞、2001年にニューカム・クリーブランド賞、2006年に慶應医学賞を受け、2011年には王立協会の外国人会員に選ばれた。

妻のジョーン・A・スタイツも、イェール大学のスターリング分子生物物理学・生化学教授を務める分子生物学者である。夫妻はコネチカット州ブランフォードに暮らし、息子のジョンと、孫のアダムとマディの2人がいた。スキーとハイキング、庭仕事を楽しんだという。2018年10月9日、膵臓癌の治療中の合併症により死去した。

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