伝記
アーシュラ・クローバー・ル=グウィンは、1929年10月21日にカリフォルニア州バークレーで生まれたアメリカの小説家で、SF作家、ファンタジー作家である。父はドイツ系の文化人類学者アルフレッド・L・クローバーで、カリフォルニア大学バークレー校にアメリカで2番目の人類学科を創設した。母は作家で文化人類学者のシオドーラ・クラコー・ブラウンで、夫が研究で関わった「イシ」の伝記を執筆している。名は、この日が祝日だった聖ウルスラにちなむ。子供時代は父の勤務の関係でバークレーで育ち、神話や伝説、おとぎ話をよく読み、父からはインディアンの伝説を聞かされた。9歳で妖精の登場する最初の短編小説を書き、11歳で書いたSF小説をアスタウンディング誌に送ったが、掲載されなかった。子供のころの物語の一部は、のちの『オルシニア国物語』や『マラフレナ』に生かされた。
10代にはロード・ダンセイニを愛読し、兄たちとSF雑誌も読んだ。高校はフィリップ・K・ディックと同学年で、1947年に卒業したが、当時は互いを知らなかった。ラドクリフ・カレッジでフランスとイタリアのルネサンス期文学を専攻し、コロンビア大学で修士号を取得した。1953年にフルブライト奨学生としてパリに留学し、そこで知り合った歴史学者チャールズ・A・ル=グウィンと、その年に結婚した。帰国後、夫は州立ポートランド大学の教授となり、本人はマーサー大学やアイダホ大学などでフランス語を教えた。1957年に長女、1959年に次女、1964年に長男を出産している。
1958年頃から書評や、架空の国オルシニアを舞台にした短編を書き始め、1961年に「音楽によせて」をウェスタン・ヒューマニティズ・レビュー誌に発表して、初めて商業誌に掲載された。コードウェイナー・スミスに影響されてSFを書こうと思うようになり、1962年にファンタスティック誌に短編「四月は巴里」が載って、本格的に作家デビューした。エース・ブックスから3長編を出したが注目されなかった。母が『イシ』を出したパルナッサス・プレス社から子供向けファンタジーを依頼され、1968年に長編『影との戦い』を出版した。1969年の『闇の左手』でヒューゴー賞とネビュラ賞を同時に受賞し、広く知られるようになった。両性具有の異星人と地球人の接触を描いたこの作品や、ユートピアを描いた『所有せざる人々』によって、SF界の女王と称された。ファンタジーの代表作は『ゲド戦記』のシリーズである。
1970年代からは、SFやファンタジーに関する評論や書評を執筆し、フェミニズム論や東欧のSF作家への論評も著した。1979年には『天のろくろ』がテレビ映画化された。ジェイムズ・ティプトリー・Jr.とは親しく文通しており、1976年にティプトリーが女性であることが露見しそうになったとき、本人に打ち明けられて相談を受けた。2009年12月には、グーグルブックスをめぐる和解を受けて全米作家協会を脱退した。2007年に『西のはての年代記』第3巻を出して完結させ、2016年にはライブラリー・オブ・アメリカに『オルシニア国物語』の完全版が収録された。ヒューゴー賞を5度、ネビュラ賞を6度、小説部門のローカス賞を19回受賞し、2003年にはグランド・マスター賞も贈られた。2018年1月22日、ポートランドの自宅で死去した。家族によれば、数箇月の体調不良の後の安らかな最期であった。3人の子と4人の孫がいる。
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