伝記
フィリップ・ロスは、1933年3月19日にニュージャージー州ニューアークで生まれ、2018年5月22日に没したアメリカの小説家である。ガリツィア系のユダヤ人移民の家庭に生まれ、父ハーマンは保険の仲介人で、本人は二番目の子であった。祖父母の世代はオーストリア領ガリツィアの出で、母方の祖先はキエフ周辺の出身とされる。ウィークアヒック地区で育ち、同地の高校を1950年ごろに卒業した。在学中は喜劇役者として知られ、のちの『ポートノイの不満』には、この高校や地元の場所が登場する。
大学はまずニューアークのラトガース大学に1年通い、ペンシルベニア州のバックネル大学に移って英文学を学び、優等で学士号を得た。奨学金でシカゴ大学の大学院に進んで1955年に英文学の修士号を取得し、同大学の創作課程で一時教えた。同じ年に徴兵を待たず陸軍に志願したが、基礎訓練で背中を痛めて除隊した。1956年に博士課程のためシカゴへ戻ったものの、1学期でやめている。作品は在学中、学内の雑誌に初めて載った。ソール・ベローと親交があり、「ベローがいなかったら小説家になっていたかわからない」とインタビューで語った。のちにはペンシルベニア大学で比較文学を教え、1991年に教職を退き、その後は非常勤でバード大学の客員講師も務めた。
1959年、ユダヤ系移民の家庭を描いた短編集『さようならコロンバス』で作家デビューし、翌1960年にこの作品で全米図書賞を受けて、新進作家として脚光を浴びた。1962年に最初の長編『レッティング・ゴー』、1967年に『ルーシィの哀しみ』を発表した。1969年にはニューヨークに住むユダヤ人の若者とその母親との屈折した関係を描いた『ポートノイの不満』が年間ベストセラーの1位となり、最も物議をかもした作品でありながら、商業的にも批評の面でも大きな成功を収めた。1970年代には政治風刺の『われらのギャング』や、カフカを思わせる『乳房になった男』など様々な作風を試し、10年の終わりまでに、分身というべき作家ネイサン・ザッカーマンを生み出した。ザッカーマンは1979年から1986年の一連の作品で主人公や聞き手として登場する。
その後も旺盛な執筆は衰えず、全米図書賞を1960年と1995年、全米批評家協会賞を1987年と1991年、ペン/フォークナー賞を1994年、2001年、2007年に受けた。英語版の記事によれば、全米図書賞の二度目は『サバスの劇場』によるもので、『アメリカン・パストラル』ではピュリッツァー賞を得ている。2001年にはアメリカ芸術文学アカデミーのゴールド・メダルを授与され、同年に第1回フランツ・カフカ賞を受賞した。2004年には『プロット・アゲンスト・アメリカ』でサイドワイズ賞を受けた。2005年からは全集の刊行が始まり、存命中に全集が出た作家としてはユードラ・ウェルティに次ぐ二人目となった。
文芸批評家のハロルド・ブルームは、現代を代表する米国人小説家として、ロスのほかコーマック・マッカーシー、ドン・デリーロ、トマス・ピンチョンの4人を挙げている。作品は、アイデンティティや性愛・結婚への不適合に苦悩する主人公を描く内省的なものから、アメリカの社会や歴史を虚構として再構築する大きな物語まで幅広い。英語版によれば1959年にマーガレット・マーティンソン・ウィリアムズと結婚しており、女優のクレア・ブルームと結婚していた時期もある。2018年5月22日、うっ血性心不全で死去した。
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