伝記
ジェフリー・エドワード・エプスタインは、アメリカ合衆国の実業家、投資家である。1953年1月20日、ニューヨーク市ブルックリン区に、ユダヤ人の両親ポーリーンとシーモアの子として生まれ、親族の一部をホロコーストで失っている。本人の発音に近いのは「エプスティーン」とされるが、日本では「エプスタイン」が多い。
1969年、16歳でラファイエット高校を2学年飛び級して卒業した。1971年9月にニューヨーク大学のクーラント数理科学研究所に入ったが、1974年6月に中退している。その後、富裕層の子弟が通うニューヨークの名門ドルトン・スクールに教員として採用され、数学と物理学を教えた。教え子の一人に、大手投資銀行ベアー・スターンズの会長の息子がいた。1976年に教職を離れて同社に入り、わずか4年でパートナーに昇進した。1981年に退社し、翌1982年に資産管理会社「J・エプスタイン・アンド・カンパニー」を設立した。退社の理由は不明で、富裕層を巻き込んだネズミ講に連座して解雇されたともささやかれた。
2000年代初頭までには富豪と目されたが、どのようにして莫大な富を築いたのかは不明な点が多い。FX関連企業をはじめ多くの会社や団体を運営していたものの、金融界で実際に彼と仕事をしたという人物はほとんど表に出なかった。そのため、資産管理は表向きの事業で実際は恐喝を繰り返している、秘密のネズミ講が原資だ、諜報機関の手先だといった噂がメディアで繰り返し報じられた。2010年には『フォーブズ』誌が、資産は見かけよりはるかに少ないとする記事を載せている。ただ、訴訟に関連して明らかになった資産には、6億ドル超の不動産、自家用ジェット機、ニューヨークの超高級邸宅、カリブ海の島、ニューメキシコ州の広大な牧場などが含まれていた。2003年には『ニューヨーク・マガジン』の買収を試みたが、買い手にはなれなかった。
2006年、フロリダ州パームビーチの邸宅で少女らに金を払って性的な行為をしたとして起訴され、2008年に禁錮18か月の判決を受けた。担当検事のアレクサンダー・アコスタは、児童買春1件の罪を認めて性犯罪者として登録する代わりに連邦レベルの起訴を免れる司法取引を行っており、エプスタインは日中は刑務所の外で働くことを認められ、13か月で出所した。この司法取引はのちに非難され、アコスタは2019年7月に労働長官を辞した。関係者は、児童買春を同居していたギレーヌ・マクスウェルが仲介していたと主張している。また、邸宅に隠しカメラを置いて録画し、恐喝に使っていたともされる。
2019年7月6日、パリから自家用機で帰国したニュージャージー州のテターボロ空港で再び逮捕された。容疑は、2002年から2005年にかけて14歳を含む未成年の少女数十人を性的に虐待した疑いだった。自宅の捜索では、性的人身売買の証拠や、被害者の名を記したラベル付きのCDなどが見つかったとされる。8月10日、勾留先のニューヨークの矯正施設で死亡した。当局は独居房での自殺と発表したが、遺族側の依頼を受けた法医学者マイケル・バーデンは他殺を示す証拠があると述べた。2023年6月、司法省監察総監室は、刑務所職員の過失などが自殺の機会を与えたと結論づけ、自殺以外の説を強く否定した。マクスウェルは2020年7月に逮捕され、2022年6月に禁固20年の刑を言い渡された。2025年7月、FBIは「顧客リスト」は確認されず、著名人を恐喝していた信頼できる証拠もなかったと発表した。
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