HISTORICAL PERSON · 2019年没

デイヴィッド・J・サウレス

スコットランド出身のアメリカの物理学者。凝縮系物理学が専門で、ダンカン・ホールデン、ジョン・コステリッツと共に2016年ノーベル物理学賞を受賞した。

生涯
2019年没
死亡地
イギリス連邦(ケンブリッジシャー / ケンブリッジ)
出生地
イギリス連邦(ベアーズデン)
出典
世界地図
イギリス連邦(ケンブリッジシャー)

伝記

デイヴィッド・ジェームズ・サウレスは、1934年9月21日にスコットランドのベアーズデンで生まれ、アメリカ合衆国で活動した物理学者である。専門は凝縮系物理学で、2016年にダンカン・ホールデン、ジョン・M・コステリッツとともにノーベル物理学賞を共同受賞した。スコットランド生まれながらイングランドのケンブリッジで育った。父ロバート・ヘンリー・サウレスは著名な心理学者で、マンチェスター、グラスゴー、ケンブリッジの各大学で教え、『まっすぐな思考とゆがんだ思考』(1930年)の著者でもあった。母はコヴェントリー大主教の妹だった。幼いころから、特に数学の才能が目立ったという。

中等教育はウィンチェスター・カレッジで受け、奨学金の試験では、解法を素早く見抜かなければ時間内に解けない問題でも、ほとんどいつも正しい道筋を見つけたと伝えられる。ケンブリッジ大学で理論物理学を学び、そこで、のちに妻となるウイルス学者のマーガレットと出会い、マイケル、クリストファー、エレンの3人の子供をもうけた。卒業後はコーネル大学でハンス・ベーテに師事して博士号を取得した。カリフォルニア大学バークレー校で博士研究員を務めたのち、イギリスのバーミンガム大学では、ルドルフ・パイエルスの指導の下で最初の助成を受けた研究を行った。ここで初めてコステリッツと出会い、緊密な共同研究を築いた。バーミンガムでは1965年から1978年まで数理物理学の講義を担当し、その進度の速さで評判だったという。

1970年代には、イギリスの研究予算の削減を受けた頭脳流出の流れに加わり、イェール大学の助教授を経て、1980年にシアトルのワシントン大学の物理学の教授となった。原子や電子、核子から成る広がった系の理解に多くの理論的貢献をし、超伝導現象や、核物質の性質、原子核内の集団励起運動などの領域でも業績を残した。著書に、松原武生と米沢富美子が訳した『多体系の量子力学』があり、1973年にはコステリッツとの共著論文で、二次元の系における秩序と相転移を論じた。コステリッツ=サウレス転移の名にその業績が残る。1982年には、周期ポテンシャルのある二次元の系での量子化されたホール伝導度に関する論文も共著で発表した。

1979年に王立協会のフェローに選ばれたほか、アメリカ物理学会、アメリカ芸術科学アカデミー、全米科学アカデミーの会員でもあった。1984年にフリッツ・ロンドン記念賞、1990年にウルフ賞物理学部門、1993年にポール・ディラック賞、2000年にラルス・オンサーガー賞を受賞した。2016年のノーベル物理学賞は、「物質のトポロジカル相転移とトポロジカル相の理論的発見」に対するものだった。性格は内気で、あまりインタビューを受けなかったという。実用面では疎かったと伝えられ、妻が出産を控えていたとき、車を何か月も停めたまま準備していたのに、いざというときに動かず、隣人に借りる羽目になった。家にはテレビがなく、休暇はたいてい学会への出席に充てられた。子供たちは、父が寝る前にいつも本を読んでくれたことを覚えている。2019年4月6日、ケンブリッジで死去した。84歳だった。

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