伝記
ルトガー・ハウアーは、1944年1月23日にオランダのユトレヒト州ブレーケレンで生まれ、2019年7月19日に亡くなった俳優である。両親は演劇にかかわる人で、演劇学校の教師とも舞台俳優ともいわれる。両親が不在がちだったため、彼と妹たちは乳母に育てられたという。アムステルダムで育ち、15歳のときに家出をして海に出て、貨物船のデッキを磨いて一年を過ごした。家に戻ってからの3年間は、電気技師や大工として働きながら夜間学校の演劇クラスに通った。実験的な演劇集団に参加して5年後の1969年、中世アクションドラマのテレビシリーズ『フロリス』の主役に選ばれ、向こう見ずな冒険家を演じた。
ポール・バーホーベン監督の『危険な愛』(1973年)で主役を任されたことをきっかけに、俳優としての評価が上がった。この映画は本国でヒットし、公開から2年たたないうちに外国でもヒットした。南アフリカ共和国を舞台にアパルトヘイトを扱った『ケープタウン』(1974年)で英語圏にデビューし、マイケル・ケインやシドニー・ポワチエと共演したが、ハリウッドの目を向けさせるほどの役ではなかった。その後の数年はヨーロッパでの映画制作に戻り、『娼婦ケティ』(1975年)、『女王陛下の戦士』(1977年)、『スペッターズ』(1980年)でもバーホーベンと仕事をした。
1981年にはオランダ映画祭で最優秀男優にあたるゴールデンカーフ賞を受けた。同年、シルヴェスター・スタローン主演の『ナイトホークス』で本格的にアメリカへ進出し、冷血なテロリスト役で強い印象を残した。翌1982年にはリドリー・スコット監督のSF映画『ブレードランナー』で、ハリソン・フォードと対決するレプリカントの指導者を演じた。この役ロイ・バッティが語る「雨の中の涙」の独白は、彼自身も部分的に書いたとされる。以後も『レディホーク』(1985年)で騎士を演じたほか、『ヒッチャー』(1986年)では、主人公を殺すためしつこく付きまとう謎のヒッチハイカーを演じ、特に印象に残る役として挙げられる。イタリアのエルマンノ・オルミ監督の『聖なる酔っぱらいの伝説』(1988年)では、優しく神秘的で情熱的な面が引き出された。1987年の『ソビボルからの脱出』で捕虜となったソ連兵を演じ、翌年ゴールデングローブ賞を受けた。1989年の『ブラインド・フューリー』ではベトナム帰りの盲目の元兵士を演じたが、映画は成功しなかった。名声の頂点には、旧友バーホーベンの『ロボコップ』に出演すると発表されることさえあった。1990年代には、ギネスビールの広告でのユーモラスな登場でも知られるようになった。この頃は低予算映画への出演が多く、21世紀に入ると『シン・シティ』や『バットマン ビギンズ』(いずれも2005年)など大作で小さな役を演じた。
環境保護論者としても活動し、エイズ研究のためにルトガー・ハウアー・スターフィッシュ・アソシエイションを設立した。1985年には2度目の妻イネケと結婚している。1995年にはオランダの郵便当局が、映画『ターキッシュ・デライト』の一場面をもとにした切手を発行した。パトリック・クインランとの共著で、自らの役を振り返る自伝も出している。2019年7月19日、短い闘病生活ののち、自宅で静かに息を引き取った。公式サイトで発表されたのは同月24日だった。
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