伝記
ケリー・プレストンは、1962年10月13日にアメリカ合衆国ハワイ州ホノルルで生まれ、2020年7月12日に亡くなった女優である。本名はケリー・カマレレフア・スミスといい、ミドルネームはハワイ語で「レフアの庭」を意味するという。母リンダは精神保健センターの管理者、父は農業関連企業に勤めていたが、彼女が4歳のときに溺死した。母はのちに人事部長のピーター・パルジスと再婚し、彼が養女として迎えたため、女優として歩み始めた当初はその姓を用いた。
子どもの頃にはイラクやオーストラリアで暮らし、オーストラリアではアデレードのペンブルック・スクールに通った。その後ホノルルのプナホウ・スクールで学んで1980年に卒業し、南カリフォルニア大学で演劇などを学んだ。オーストラリア在住中の16歳のとき、ファッション写真家に見いだされ、コマーシャルや小さな役の仕事を得た。写真家は映画『ブルー・ラグーン』のエメリン役のオーディションも手配したが、この役は年下のブルック・シールズに決まった。この頃に姓をプレストンに改めたとされる。
注目される映画の役は1985年に訪れた。青春コメディ『ミスチーフ』でマリリン・マコーリーを、同じく青春ラブコメディ『シークレット・アドマイアラー』で美しいが浅はかなデボラ・アン・フィンプルを演じた。その後は1986年の『スペースキャンプ』、アーノルド・シュワルツェネッガーとダニー・デヴィートが共演した1988年の『ツインズ』に出演した。1996年の『ザ・エージェント』ではトム・クルーズと共演してエイブリー・ビショップ役を務め、1999年の『フォー・ラブ・オブ・ザ・ゲーム』や1998年の『ホーリー・マン』にも出ている。1997年にはティム・ロビンスとマーティン・ローレンスが共演する『ナッシング・トゥ・ルーズ』に主演した。出演作は60を超えるテレビ・映画作品に及ぶ。
2000年に、夫ジョン・トラボルタと共演した『バトルフィールド・アース』では、ゴールデンラズベリー賞の最低助演女優賞を受けた。2005年の『スカイハイ』で、空を飛ぶ主人公の母親を演じている。2004年にはマルーン5のミュージックビデオ「シー・ウィル・ビー・ラブド」にも出演し、2007年の『デス・センテンス』ではケビン・ベーコン演じる主人公の妻役を務めた。2000年代以降は、主人公の妻や母親の役が多かった。化粧品ブランドのニュートロジーナの広告にも起用された。
私生活では、1985年に俳優のケヴィン・ゲイジと結婚したが、2年後の1987年に離婚した。1980年代の終わりにはジョージ・クルーニーと交際し、1990年には短期間チャーリー・シーンと婚約したが、偶然の発砲が体に当たった後に関係を解消した。シーンが撃ったのではないと、のちにインタビューで述べている。トラボルタとは1987年に映画『ジ・エキスパーツ』の撮影で出会い、1991年に結婚した。1992年に長男ジェット、2000年に長女エラ・ブルーが生まれ、2010年11月には次男ベンジャミンを出産した。ジェットは自閉症とされ、2009年1月2日、16歳で発作により亡くなった。2018年のトラボルタ主演作『ゴッティ』のニューヨークでの試写会が、最後のレッドカーペットとなった。
2020年7月12日、乳癌のため亡くなった。遺族によれば約2年間の闘病で、その事実を公にしないまま治療に取り組んでいたという。最後の出演作はコメディドラマ『オフ・ザ・レールズ』で、2021年7月下旬に英国で公開された。
同じ年に亡くなった人物
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