伝記
ジェームズ・ランディは、1928年8月7日にカナダのトロントで生まれ、2020年10月20日に没した奇術師、疑似科学批判家、懐疑論者である。「ジ・アメージング・ランディ」の名でも知られ、本名はランドール・ジェームズ・ハミルトン・ズウィンジという。父はジョージ・ランドール・ズウィンジ、母はマリー・アリス(旧姓パラディ)で、弟と妹がいた。
奇術を始めたきっかけは、自転車事故で13か月ギプスをはめて過ごすあいだに、ハリー・ブラックストーンの舞台を見て、奇術の本を読んだことだとされる。医師たちは二度と歩けないと見ていたが、本人は周囲を驚かせた。学校はよく休み、17歳で高校をやめて巡業の興行で奇術師として舞台に立った。トロントのナイトクラブで読心術を演じ、モントリオールの新聞にも書いた。20歳ごろには占星術師を装って簡単な仕掛けで人をだましてみせ、新聞の星占いの欄を書いたこともあるという。一方、15歳のときには教会で行われていた降霊術のごまかしを暴いたが、大人たちに「神聖な宗教の集まりを汚した」と訴えられ、拘置所に4時間留め置かれた。ランディはこの出来事を、世界中の心霊術師や超能力者にとって最も不幸な出来事だったと語っている。このとき、いかさまの心霊術師に対して一生をかけた復讐を誓ったからである。
奇術師としては1946年ごろに経歴を始め、脱出芸を得意とした。1956年2月7日にはテレビの生放送で、ホテルのプールに沈めた金属製の棺に104分間閉じ込められ、フーディーニの93分の記録を破った。ただし、自分はフーディーニより24歳若かったので有利だったと強調している。1959年から1967年にはニューヨークのテレビ番組に定期的に出演し、1970年代にはアリス・クーパーの巡業で歯科医と死刑執行人の役を演じ、ギロチンなどの舞台装置も作った。1976年にはナイアガラの滝の上で逆さ吊りのまま拘束衣から脱出した。
1970年代にはユリ・ゲラーとの対決で世界的な注目を集め、1980年代には人気テレビ伝道師ピーター・ポポフの信仰治療のいかさまを暴いた。超常現象を調べる団体の創設メンバーにもなり、1981年に発見された小惑星に「ランディ」の名が付いた。同団体の投票では20世紀を代表する懐疑論者の第一位に選ばれた。
その活動には、仕掛けによる実証も多い。マクドネル超能力研究所の所長へ助言を申し出たが断られたため、2人の若い奇術師を送り込んだ。2人は金属曲げや念写、テレパシーの実験を3年間続け、研究スタッフは誰も手品だと見抜けなかった。正体が明かされた2年後の1985年に研究所は閉鎖された。これは「プロジェクト・アルファ」と呼ばれる。1988年にはオーストラリアのテレビ局の企画で、知人のホセ・アルバレスを「カルロス」と名乗る2000歳の精霊のチャネラーに仕立て、番組に出演させた。多くの信者を生んだのち、シドニーのオペラハウスのショーが最高潮に達したところで経緯を明かし、メディアが確認を怠っていたことを批判した。
1996年にはマッカーサー財団の助成金を元にジェームズ・ランディ教育財団を設立し、「100万ドル超能力チャレンジ」を主催した。1964年の開始以来のべ1000人以上が挑んだといわれるが、賞金を得た者はなく、2015年に終了した。日本にも何度か訪れ、2007年6月には日本テレビの番組に出演し、自称霊能者の挑戦を退けた。
同じ年に亡くなった人物
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- カジェンドラ・タパ・マガル (2020年没)
- クリストフ (2020年没)
- ウォレス・ルーニー (2020年没)
- イッザト・イブラーヒーム (2020年没)
同じ地域に関係する人物
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- ダスティン・ダイアモンド (2021年没)
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