伝記
テミストクレア(テミストクレイア)は、紀元前6世紀ごろに活動したとされる、デルフォイのアポロン神殿の巫女である。アリストクレア、テオクレアという別名でも呼ばれる。ピュティアと呼ばれたデルフォイの神託の巫女の一人であり、哲学者ピタゴラスの師であったと伝えられる。生年は不明で、没年は紀元前559年とされる。紀元前600年ごろの人物とする説明もあり、活動の時期ははっきりしない。
彼女の名を後世に伝えたのは、三世紀の著述家ディオゲネス・ラエルティオスである。その『ギリシア哲学者列伝』のピタゴラスの伝記には、紀元前4世紀の音楽理論家アリストクセノスの言葉が引かれている。それによれば、ピタゴラスは道徳に関する教えの多くを、デルフォイの巫女テミストクレアから受け取ったという。つまり彼女は、ピタゴラスに倫理的な教えを授けた人として記憶されている。
三世紀の哲学者ポルピュリオスも、ピタゴラスの師としてアリストクレアという人物に触れ、ピタゴラスがデルフォイでアリストクレアから学んだと主張した教えが多くあったと述べている。この人物が同じ巫女を指すことには、ほとんど疑いがないとされる。十世紀の事典『スーダ』は彼女をテオクレアと呼び、ピタゴラスの姉妹であったと記す。しかし、この記述はディオゲネス・ラエルティオスの該当箇所が誤って伝わり、誤解されたことから生じたものらしいと考えられている。
古代の文献では、このようにピタゴラスの教師として語られている。ただし、この結びつきは後から作られた可能性も指摘されている。ピタゴラスの伝承にデルフォイの神託やアポロン神との関わりを持たせるために、彼女が置かれたのかもしれないというのである。もし実在したのなら、名が伝わる最初期の女性哲学者の一人となるが、彼女自身の著作は残っていない。ピタゴラスが「哲学」という語をつくった後に、女性として初めて「哲学者」と呼ばれた人だとする見方もある。
後世には美術の分野でも名が取り上げられた。ジュディ・シカゴが1974年から1979年にかけて制作した作品『ディナー・パーティー』では、1038人の女性の名が記されるなかに、アリストクレアの名がアスパシアの席と結びつけて記されている。この作品の床のタイルには、アリストクレアとテオクレアの名が別々に刻まれており、スーダの誤りのために同じ人物が二度現れているとされる。