伝記
トム・ウィルキンソンは、1948年2月5日にイングランドのリーズで生まれ、2023年12月30日にロンドンの自宅で亡くなった俳優である。本名はトーマス・ジェフリー・ウィルキンソンといい、農場を営む父トーマスと母マージョリーの間に生まれた。11歳のときに一家でカナダのブリティッシュコロンビア州キティマットへ移り、5年間を過ごした後、イギリスへ戻ってコーンウォールでパブを営んだ。ケント大学で英米文学を学び、在学中に演技と演出に熱中して大学の演劇協会で活動した。卒業後はロンドンの王立演劇学校に進み、1973年に修了した。
舞台デビューはノッティンガム・プレイハウスだった。1970年代からテレビにも出るようになり、ナショナル・シアターにも所属して舞台俳優として活躍した。1990年代からは本格的に映画へ出演し始めた。1976年にはアンジェイ・ワイダ監督のスリラー映画で、初めて映画に出演した。その後ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに加わり、1981年の上演でウエストエンドに初登場して『ハムレット』のホレイショを演じ、ローレンス・オリヴィエ賞の助演男優賞にノミネートされた。1980年代にはイギリスのテレビシリーズにも出演し、1986年のミニシリーズ『ファースト・アモング・イコールズ』ではレイモンド・グールドを演じた。同時期にはウエストエンドでイプセンの『幽霊』にも出演していた。1988年にはイプセンの『民衆の敵』でストックマン医師を演じ、再演部門の年間最優秀男優賞にノミネートされた。1993年には『父の祈りを』で検察官の小さな役を演じた。批評家から初めて高い評価を得たのは、1994年にBBCが放送したディケンズ原作の『マーティン・チャズルウィット』で、セス・ペックスニフを演じたときだった。
1995年にはアン・リー監督の『いつか晴れた日に』で、亡くなる父ダッシュウッド氏という短いが重要な役を演じ、1996年には冒険ドラマで悪役を務めた。翌1997年、失業した鉄鋼労働者たちとともに、しぶしぶストリッパーになる元現場監督ジェラルド・クーパーを演じた『フル・モンティ』で高い評価を受け、英国アカデミー賞の助演男優賞を受賞した。同年には『ワイルド』でクイーンズベリー侯爵も演じた。1998年の『恋におちたシェイクスピア』では出演者全体で映画俳優組合賞を受け、『ラッシュアワー』では悪役の英国大使を、2000年の『パトリオット』ではコーンウォリス将軍を演じた。
2001年の『イン・ザ・ベッドルーム』でアカデミー賞主演男優賞に、2007年の『フィクサー』で助演男優賞にノミネートされた。個性的な脇役の名手として知られ、『真珠の耳飾りの少女』『エターナル・サンシャイン』『バットマン ビギンズ』『ゴースト・ライター』『ベスト・エキゾチック・マリゴールド・ホテル』『グランド・ブダペスト・ホテル』など、数多くの映画に出演した。2008年のテレビシリーズ『ジョン・アダムズ』ではベンジャミン・フランクリンを演じ、翌2009年にゴールデングローブ賞とエミー賞を受賞した。ほかにも『ノーマル』『リカウント』『ケネディ家の人々』の役でエミー賞にノミネートされている。2004年(2005年とも)にはイギリス王室から大英帝国勲章が与えられた。妻は女優のディアナ・ハードキャッスルで、2人の子供がいる。日本語吹き替えでは、おもに小島敏彦と菅生隆之が声を当てている。
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