HISTORICAL PERSON · 2023年没

リサ・マリー・プレスリー

アメリカの歌手、作家。エルヴィス・プレスリーとプリシラの一人娘で、マイケル・ジャクソンやニコラス・ケイジの元妻でもある。

生涯
2023年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ロサンゼルス)
出生地
アメリカ合衆国(メンフィス)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

リサ・マリー・プレスリーは、1968年2月1日にテネシー州メンフィスで生まれ、2023年1月12日に亡くなったアメリカ合衆国の歌手、作家である。歌手・俳優エルヴィス・プレスリーと、プリシラ・プレスリーの一人娘で、マイケル・ジャクソンやニコラス・ケイジの元妻としても知られる。

誕生は両親の結婚からちょうど9か月後だった。4歳のときに両親が別居し、1973年10月に離婚が成立した。母とロサンゼルスで暮らし、メンフィスのグレイスランドにある父の家にもよく滞在したという。1977年8月に父が亡くなると、9歳のリサ・マリーは、祖父ヴァーノンや曽祖母ミニー・メイとともに遺産の共同相続人となった。祖父が1979年に、曽祖母が1980年に亡くなったため、唯一の相続人となり、25歳の誕生日の1993年に、推定1億ドルにふくらんでいた遺産を受け継いだ。2004年にはエルヴィス・プレスリー・エンタープライゼズの85パーセントを売却した。1970年代の終わりごろにはロサンゼルス近郊でクイーンの演奏を見て、父のスカーフをフレディ・マーキュリーに贈ったとされる。父の死後まもなく母は俳優マイケル・エドワーズと交際を始めたが、リサ・マリーは、エドワーズが酔って部屋に入り、性的に不適切にふるまったと語っている。思春期には薬物の問題を繰り返して学校を転々とし、高校を中退した。母の勧めでリハビリ施設に入り、20歳になるころに落ち着きを取り戻したという。

私生活では結婚を重ねた。1988年にリハビリ施設で知り合ったミュージシャンのダニー・キーオと結婚し、娘ライリーと息子ベンジャミンが生まれた。ベンジャミンは2020年に自殺した。1994年にキーオと離婚してマイケル・ジャクソンと結婚し、1996年に離婚した。34歳でニコラス・ケイジと結婚したが3か月で別れ、2006年にはマイケル・ロックウッドと京都で4度目の結婚をした。2008年8月5日に双子の姉妹フィンリーとハーパーを出産し、2016年6月に離婚を申請した。2010年にはイングランドへの移住を発表し、同年8月にケント州に800万ポンドの家を購入した。

音楽活動は2000年代に活発になった。1997年には、亡き父の歌声に自分の歌を重ねた「ドント・クライ・ダディ」の映像を作り、父の没後20年の追悼コンサートで披露された。2003年4月8日に初のアルバム『リサ・マリー・プレスリー』(原題はトゥ・ホーム・イット・メイ・コンサーン)を出し、全米5位を記録して6月にゴールド認定を受けた。歌詞はほぼすべて自作で、旋律もすべての曲の共作に加わった。最初のシングル「ライツ・アウト」は英国で16位に入った。2005年4月5日の第2作『ナウ・ホワット』は全米9位で、ドン・ヘンリーの曲を取り上げた「ダーティ・ランドリー」が先行シングルだった。「イディオット」は、人生で関わった何人かの男性を鋭く批判する曲とされる。2012年には3作目『ストーム・アンド・グレイス』を発表し、「アイ・ラヴ・ユー・ビコーズ」では父との共演を果たした。

2023年1月12日、カリフォルニア州カラバサスの自宅の寝室で心臓発作を起こし、病院に運ばれたが亡くなった。同年7月には、以前に受けた減量手術の合併症である小腸閉塞が死因だったと発表された。自伝的な回想録は、娘ライリー・キーオが完成させ、死後の2024年10月に刊行された。

同じ年に亡くなった人物

同じ地域に関係する人物