伝記
ルキアノスは、ローマ帝国期にギリシア語で著作した風刺作家である。サモサタのルキアノスとも呼ばれ、120年ないし125年頃に生まれ、180年以後に亡くなったとされる。シリア属州のサモサタ(現在のトルコ、アドゥヤマン県サムサット)で生まれ、アテナイで没したと伝えられる。母語はおそらくシリア語だったが、現存する作品はすべて古代ギリシア語で書かれている。彼の生涯について知られることは自身の著作に由来するが、皮肉が多く、解釈は難しい。同時代の他の文献や碑文には名が見えず、フィロストラトスの『ソフィスト列伝』にも載っていない。自分について語ることも、そのまま自伝として信じるべきではないと評されている。
家は中流の下ほどで、父の職業は不明である。祖父と叔父が石工で、叔父の徒弟となって彫刻家になる道を歩まされかけた。しかし彫刻の試みに失敗し、家を出てイオニアで学問を求めたとされる。若いころは哲学、弁論、医学など、さまざまな分野や流派の講義を聴いたが、やがて弁論に打ち込んだ。シリア生まれゆえの異国風の訛りを克服し、ギリシア語と弁論術を身につけて弁論家として独り立ちした。後年には弁論による興行的な活動にも従事した。アテナイで弁論家や弁護士として働き、一時はアンティオキアでも弁護士をしていたと伝わる。イタリアや大西洋岸のガリアにも旅し、人々の前で誇示的な演説を披露して成功を収めた。ガリアにはしばらく住んだともいわれる。名声と富を得たのち、アテナイに十年ほど落ち着き、現存する作品の大半を書いたとされる。五十代には、エジプトで報酬の高い官職に就いた可能性があるともいわれるが、その後は歴史の記録から姿を消す。
彼は80以上の作品の著者とみなされるが、そのすべてが本人の作とは考えられていない。最もよく知られる作品に『本当の話』があり、月への旅行を描いて、最古のSFの一つとしばしば挙げられる。これは、信じがたい話を語る著作家たちを皮肉った作品である。『死者の対話』は、犬儒派のディオゲネスとメニッポスを中心に据える。ほかに『神々の対話』『イカロメニッポス』『ゼウス論破さる』など神々の物語を茶化す作品や、『哲学諸派の競売』『饗宴またはラピテス族』など哲学の諸派を笑う作品があり、『漁師または甦った死者たち』はこうした嘲笑の弁明とされる。哲学者や司祭、宇宙の成り立ちをめぐる思弁、宗教的な慣行、迷信を、とぼけた調子で嘲笑するのが彼の持ち味だった。喜劇的な対話という形式も、彼が創始したとされる。
『嘘好き』は超自然を信じる人々を笑う作品で、「魔法使いの弟子」の最古の形を含む。これに基づいてゲーテがバラッド『魔法使いの弟子』を書き、そのフランス語訳に基づいてデュカスが交響的スケルツォ『魔法使いの弟子』を作曲した。『ペレグリノスの最期』や『偽預言者アレクサンドロス』では実在の人物を嘲り、『シリアの女神について』は、ギリシア人とシリア人の文化的な区別を風刺した作品であり、女神アタルガティス信仰を知る主要な手がかりでもある。キリスト教徒の寛大さと騙されやすさにつけ込む人物を描いた風刺もあり、非キリスト教徒から見たキリスト教を示す初期の書物の一つとされる。作品は古代から広く読まれ、トマス・モアの『ユートピア』、ラブレー、シェイクスピアの『アテネのタイモン』、スウィフトの『ガリヴァー旅行記』などへの影響も語られる。
同じ年に亡くなった人物
- アウルス・ゲッリウス (180年)
- ガイウス (法学者) (180年)
- ヘゲシッポス (180年没)
- パウサニアス (地理学者) (180年代没)
- サルディスのメリトン (180年)
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