伝記
フラウィウス・ウェゲティウス・レナトゥスは、4世紀から5世紀前半にかけて生きたローマ帝国の著作家であり、軍事学者として『軍事論』を著した人物である。没年は450年ごろとされる。その生涯はほとんどわかっていない。伯爵、あるいはコンスタンティノープル伯と記した写本もあるが確証はなく、ローマの上流階級に属していたと推察されるにとどまる。
手がかりは著作そのものと、後世の写本家が添えた注記にかぎられる。ある写本は彼を宮廷の高官にあたる称号で呼んでおり、財務を担う「聖なる下賜の伯」の誤記ではないかという見方がある。その根拠として、彼が費用の面に敏感だったことが挙げられる。外国人を金で雇うより自国民に武芸を教えるほうが経済的だと述べているのである。また皇帝の特使にあたる職を務め、帝国の公的な駅逓制度に関する法令の起草を助けたかもしれないという近年の研究もある。軍隊の編制や兵の訓練、攻城兵器から兵士の隠語までを熟知していることから、辺境を含む帝国の西方を広く旅したのだろうと考えられている。名の「フラウィウス」は、コンスタンティヌス帝の時代以降、高官に与えられる敬称のようになっていた。「ウェゲティウス」はイスパニアに多い名で、同地の出身だった可能性も指摘されるが、確かな証拠はない。
彼は軍人でも獣医でもなかったが、優れた編纂者であった。『軍事論』のほかに、馬や牛の治療を扱う獣医学の書も二つ残している。簡潔で直截なラテン語で、先行する著者の知見を筋の通った構成にまとめあげた。馬を深く愛したと自ら書いているともいう。おそらくキリスト教徒で、『軍事論』には兵士の誓いや合言葉にキリスト教の語が見え、復活祭の時期が木材の伐採に向くとも述べられている。ただし信仰を前面に出す人ではなく、帝国を侵入から守ることのほうに強い関心を寄せていた。獣医書の序文では、動物が殺されるのを見かねて正義の女神が地上を去ったという趣旨の戯れを書いており、ユーモアも解したらしい。
『軍事論』は、兵士の訓練と軍規、レギオンの編制と運用、戦略と戦術、陣地戦や海戦などを論じた書である。ウェゲティウス自身の独創というより、古代ローマ人の軍事研究の資料を編纂したもので、描かれているのがどの時代のローマ軍なのかは明確でない。皇帝に宛てた文は、第1巻の冒頭の献辞と、第1巻・第3巻の結びの書簡に見えるが、いずれも皇帝の名を記していない。冒頭には「ウァレンティニアヌス帝」への献辞があるとされ、どの皇帝かははっきりせず、ウァレンティニアヌス2世の時代とする見方のほか、テオドシウス、ホノリウス、ウァレンティニアヌス3世などの候補も挙げられている。当時のローマでは人口の減少や経済の破綻が進み、軍隊は安い賃金で雇われる傭兵へと移っていた。そうしたなかで彼は、かつてのレギオンの伝統を再建しようと試みたのである。
この書はヨーロッパの軍事思想史に大きな影響を与えたと考えられている。10世紀には最古の写本が知られ、その時点ですでに多くの写本が出回っていた。イングランド王ヘンリー2世、マキアヴェリ、フランスの軍人モーリス・ド・サックスらの軍事思想に影響したとされる。「汝、平和を欲するなら、戦いに備えよ」「生まれながらの勇者はいない。勇者は訓練と軍紀によって育てられる」といった格言は、現代でも引用される文献として知られている。危急の際に要することは平穏な時代から継続的に為すべきだという言葉も伝わる。
同じ年に亡くなった人物
- ペトルス・クリュソログス (450年)
- アレクサンドリアのヘルメイアス (450年没)
- フィロストルギオス (450年(推定))
- パラディウス (450年没)
- コリウン (450年没)
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