伝記
マルケリヌス・コムスは、東ローマ帝国のラテン語で書いた年代記者である。生年は分かっておらず、534年に没したか、その直後に世を去ったとされる。名の後半のコムスは「伯」を意味する称号で、ラテン語の古典期には「仲間」を意味したが、コンスタンティヌス帝の時代以降は制度上の意味が重くなり、のちの「伯」の語義へ向かった。
イリュリアに生まれたと伝えられ、生涯の大半をコンスタンティノープルの宮廷で過ごした。裁判所で長く働いたともいわれる。ユスティヌス1世(在位518年から527年)の時代に、のちの皇帝ユスティニアヌスの官房長を務め、ユスティニアヌスが527年に即位してからもその信任を保ったとされる。ユスティニアヌスは西方の領土を取り戻そうと努めた皇帝である。西ローマ帝国は470年代に滅び、各地はゲルマン系の諸王の手に落ちていた。
生涯で残った著作は、『年代記』ただ一つである。これはエウセビオスの『教会史』を受け継ぐもので、エウセビオスの年代記をヒエロニムスがラテン語に訳した、379年までの部分の続きにあたる。扱う期間は379年から534年までで、序文によれば、まず379年から518年までの140年分を書き、のちに519年から534年までの16年分を加えた。何者かによって566年までの追記も付されている。
ラテン語で書かれているが、記述の中心は東ローマ帝国の出来事である。西方の事件はオロシウスやマルセイユのゲンナディウスから借用して、東方の出来事と関わるときだけ取り上げた。このため、西方の著述家が重視した451年のカタラウヌムの戦いは載っていない。一方で、宮廷とコンスタンティノープルの都市についての細かな記述や逸話が多く、教会史にも大きな場所を割いている。マルケリヌスは熱心な正教会の信者で、異端者には好意的でなく、著作でも妥協を許さなかった。伝える情報には不確かなものも混じる。
カッシオドルスは、その著書でマルケリヌスを称賛し、現存しない二つの著作を挙げている。一つは『時代の性質と場所の位置について』全4巻、もう一つはエルサレムとコンスタンティノープルを記した短い4巻の書である。
同じ年に亡くなった人物
- チェルディッチ (ウェセックス王) (534年没)
- ゴドマール2世 (534年没)
- アタラリック (534年没)
- ヘルマンフリート (534年)
- トラレスのアンテミオス (534年没)
同じ地域に関係する人物
該当人物はまだありません。