伝記
ノブラのレオンハルトは、キリスト教の聖人である。リモージュのレオンハルトとも呼ばれ、フランス中部リムーザン地方のノブラの町と修道院に深く結びついている。466年に生まれ、559年に没したといわれるが、経歴ははっきりしない。496年のクリスマスに、王とともにキリスト教に改宗したとも伝えられる。
11世紀の聖人伝によれば、レオンハルトはクローヴィス1世の時代のフランクの貴族の出身で、ランスの司教レミギウスが名付け親だった。レミギウスの弟子として、牢獄を訪ねて囚人を解き放つ特権を与えられたとされる。多くの囚人を解放したため、クローヴィス1世から司教に取り立てられようとしたが、これを断り、オルレアンの近くのミシーの修道院に入った。その後はアキテーヌへ赴いて伝道に励み、リムーザンの森で隠修士となって、多くの弟子を集めたという。王妃の出産の際に安産を祈り、その功によってリモージュの近くのノブラに土地を賜り、そこに修道院を建てたともいわれる。
この聖人への崇敬は、12世紀になって急速に広まった。それ以前には文献にも典礼にも教会の献堂にも名が見られなかったが、1103年に十字軍の指導者ボエモン1世がダニシュメンド朝の牢から解放され、これを聖レオンハルトのとりなしによるものとしたことが契機になったという。ボエモンはのちにノブラの修道院を訪れて感謝の捧げ物をした。ナウムブルクの司教ヴァルラムがその場に居合わせ、ボエモンの例のような死後の奇跡を含む新しい伝記を書いた。ボエモンにならった寄進が相次いで、ロマネスク様式の教会と鐘楼が築かれ、ノブラはサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼路の一つの宿場にもなった。11世紀末には、イスラム教徒の国で捕虜となった十字軍の兵士のあいだでも知られていたという。
レオンハルトは中世後期に最も尊ばれた聖人の一人となり、囚人や捕虜、産婦、悪魔に囚われた人、病人、病気の動物や家畜の守護聖人とされる。フランスだけでなく西欧の多くの国々、とくにバイエルンやボヘミア、ポーランドなどに教会が献堂され、王族や高位聖職者までがノブラへ巡礼した。14世紀から18世紀にかけて、バイエルンの小さな町インヒエンホーフェンだけでも、彼に祈って4000もの願いがかなったと伝えられる。フランクフルトの聖レオンハルト教会は、もとは聖ゲオルギウス教会だったが、1323年にノブラから聖遺物として腕の一部を納めて以来、この名で呼ばれる。
聖名祝日は11月6日で、ドイツ南部ではこの日に「レオンハルトの騎行」という行事が行われる。バイエルンでは「バイエルンの神」と呼ばれるほど人気があり、アルプス地方では農民の守護聖人とされる。バート・テルツでは聖像を描いた馬車を花綱で飾り、人々が乗って教会へ向かい、オーストリアのメンドルでは馬に乗った若者が馬車の前後を固める。聖人は通常、手を鎖につないだ姿で表される。その名を冠した地は各地にある。イングランドでは東サセックスのセント・レナーズ・オン・シーが知られ、ケント州ハイスの教区教会や、ヨークにあった北イングランド中世最大の病院も聖レオンハルトに献じられた。イタリアには約225の地があり、最古の教会は774年のものとされる。マルタのキルコップには唯一の教区があり、1592年5月29日に教区教会が創設された。英国国教会でも11月6日に記念されている。
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