伝記
キュンリッチは、ウェセックス王国の第2代の王である。名は「王の親族」を意味するとされる。英語では現在シンリックと呼ばれることが多く、日本語ではキンリクとも書かれる。彼についての記述はアングロサクソン年代記にのみ見られ、生年は分からず、560年に没したとされる。
年代記によれば、キュンリッチは先王チェルディッチとともにブリテン島に上陸し、ウェセックス王国を創設したと伝えられる。上陸は495年のこととされ、サウサンプトン付近に5隻の船で着いたという。ただし、チェルディッチと同様に、彼の存在そのものに史的な裏づけは乏しい。年代記では父子は貴族を意味する「アルドルマン」と記され、ゲウィッセ人(7世紀末より前の西サクソン人の呼び名)の支配を引き受けたのは519年とされる。このことから、彼らは初めから王であったのではなく、後のウェセックスの中心地を征服したとされる過程で王位に就いたのだと考えられている。
血縁についても記述は一致しない。年代記の本文では彼はチェルディッチの息子とされるが、同じ年代記に載る王朝の在位王の列記では、チェルディッチの息子クレオダの息子、すなわち孫とされている。アングル人の王名表や、アルフレッド大王の伝記に見える父方の系譜にもクレオダの名が含まれる一方、同じ伝記の母方の系譜ではキュンリッチをチェルディッチの子と呼んでいる。名の語源についても、古英語の「王の親族」に由来するとする説のほか、ブリトン語の「猟犬の王」を意味する語に由来するとする説がある。
在位は534年から560年とされるが、これには異論がある。治世の出来事として、552年にソールズベリー近郊のオールド・サラムを攻略し、ウィルトシャーへ強い抵抗を受けながら勢力を広げたとされる。556年には息子のチェウリンとともにブリトン人と戦い、ベランブルフを攻略した。この地は現在のバーベリー城にあたるとされる。しかし、これらの年代が正しいならば、495年に父とともに上陸したという年代記の記述は誤りということになる。デイヴィッド・ダンヴィルは、本当の在位は554年から581年だったと提案している。また、後継者チェウリンとの関係は不明瞭で、年代記の編者が後のウェセックスの系譜を正当化するために、彼を息子としたのだとする見方もある。
2004年の映画「キング・アーサー」では、キュンリッチ(映画ではシンリック)は父チェルディッチ(映画ではセルディック)とともにサクソン人の侵略者という敵役として描かれ、戦いでランスロットに討たれる。父のほうはアーサーに討たれる。
同じ年に亡くなった人物
- キリキアのシンプリキオス (560年没)
- Clodoald (560年)
- フラム (560年)
- ヨルダネス (560年)
- ガブラン (560年)
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