伝記
エルビラ・メネンデスは、11世紀初めのレオン王アルフォンソ5世の最初の妃である。996年ごろにガリシアで生まれ、1022年12月2日に没した。26歳で世を去ったとされる。
ポルトゥカーレとガリシアの最高位の貴族の出身で、父はポルトゥカーレ伯メネンド・ゴンサレス、母はトダ(トゥタドムナ、トタとも呼ばれる)である。父方の祖父は、ポルトゥカーレの大公ともいわれるゴンサロ・メネンデスで、祖母はイルドゥアラ・パイスとされる。母方の祖父はコインブラ伯ムニオ・フロイラスで、祖母エルビラ・パイスはレオン王オルドーニョ3世の愛人として知られた。このように、ガリシアとポルトゥガルの有力で裕福な貴族の家に連なっていた。
父メネンドはレオン王ベルムード2世の宮廷に仕え、王の死後は、幼い王子アルフォンソの師となり、王母エルビラ・デ・カスティーリャとともに共同で摂政を務めた。アルフォンソはガリシアで教育を受け、エルビラの家で育ったため、メネンデス家と王家との結びつきは強まった。エルビラの親族のラミロ・メネンデスは王子の旗手となり、エルビラ自身は王子の婚約者とされた。なお、父メネンドは1008年10月に殺害されたとされるが、事情ははっきりしない。
エルビラは子供のころから一緒に育ったアルフォンソ5世と結婚した。結婚の年は1013年とも1014年とも1015年ともいわれ、王妃となったのは1017年とする説もある。夫妻には二人の子が生まれた。娘サンチャは1016年(あるいは1013年)から1067年まで生き、のちにカスティーリャ・レオン王となるフェルナンド1世の妃となった。息子ベルムード3世は1017年ごろに生まれてレオン王となったが、1037年のタマロンの戦いで、姉サンチャの夫であるフェルナンドに殺された。
エルビラは1020年に夫とともにレオンの大聖堂での式に出席したが、その後まもなく世を去ったとされる。1022年12月2日に死去し、サン・イシドロ・デ・レオン教会の王室霊廟に葬られた。遺体を納めた石の棺は今も残り、蓋にはラテン語の碑文が刻まれている。夫アルフォンソ5世は翌1023年にナバーラ王の娘ウラカを再婚の妃に迎えた。
同じ年に亡くなった人物
- ドムナルの子モール・セックネール (1022年没)
- ベルンウァード (1022年没)
- ノートカー (1022年)
- 新神学者シメオン (1022年没)
- 真宗 (宋) (1022年没)
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